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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
古代編
4/51

月夜に舞う女


 ゆっくりとそのピラミッドへと向かった。


 夜は見張りの大男達はいない。王族がすむ宮殿へと帰っていくからだ。

 奴隷にも夜の行動には規制がなく、逃げようと思えばいつだって逃げられるのだが……、脱走しても王都から隣の部族が住む集落まで、とても逃げられる距離ではない。

 距離が遠いのもあるが、王都から逃げてきた奴隷を受け入れる余裕など……どこの部族にもないだろう。


 身体の大きさぐらいあるピラミッドの一段一段。これを一番上まで登るのにはかなりの体力がいるのだろうが、あの葉っぱを食べ終えた今なら、簡単に登れそうだ。


 身体に残った力でよじ登り始めた。

 両手で一段、また一段。月夜のピラミッドをただやみくもに登り続けた……。


 吹き抜ける風の温度が急に下がり、寒気すら感じる。ピラミッドは空に近付ける神聖なる場所なのか……。月明かりに照らされる砂漠や、点々と明かりが灯る美しい王都が一望できる。

 この辺りでは一番高い場所。一番高いピラミッドの最上段でユラユラ動いていたもの……。それは久々に目にする女の姿だった。


 美しい歌声と舞に思わず見とれてしまい、ひょっとすると俺は天に昇ってしまったのかと思ってしまう。

 女とは……こうも美しい生き物だったのか……。

 両手には麻で編まれた大きな扇子が持たれ、ヘソの少し下まで見える腰巻きから目が離せない。


「ホワニタマニタ〜マーレータ~。ファ~レーターミイナ・レ~ター。ミ・ンナオエーロ・ジーカアーラ~。オニ―イタン・ハ・エーテル~。キャアーキヤアーミインタニイ・テ~。ミンナ・デ・カーマリータラ~。イエイ!」

 文字の読み書きはできないが、言葉の意味は分かる――。その歌の意味が分かると、ドキッと心臓が鼓動を高めた――。


 ――呪いの歌だ――!


 美しく舞う女性は、その姿とは裏腹に恐怖の呪いの歌を唱え続けていたのだ――。

 脳裏が呼び覚ます怖ろしい記憶――。古の呪いの歌を唱える部族の言葉は、俺達の部族が使っている言葉の語源にもなっていた。


 ホワニタマニタ〜マーレータ~。……月よ飛ぶのをやめ……。

 ファ~レーターミイナ・レ~ター。……我が地に降りてくるがいい……。

 ミ・ンナオエーロ・ジーカアーラ~。……すべての文明……。

 オニ―イタン・ハ・エーテル~。……街を潰して……。

 キャアーキヤアーミインタニイ・テ~。……今から新しき文明を……。

 ミンナ・デ・カーマリータラ~。……築きあげるのだ……。

 イエイ! ――掛け声!


 カシャカシャと女の装飾品が揺れて擦れ合い、奇怪な音を立てる。もう踊り始めてからどれだけの時が経っているのか分からない――。


「やめろ!」

 俺の声に女は歌と舞いを止め、即座に腰に指していた装飾品が施された銀色の短刀を構えた――。


「なにものじゃ!」


 月夜に光る短刀の延長線が、俺の顔の眉間からブレない。身動きすれば躊躇なく刺すのだろう……俺、ここじゃ奴隷だから……。

「俺は……ハマン。お前達の隣の部族から連れてこられた奴隷だ」

「奴隷がなんの用だ。わらわの邪魔をするでない! うせろ」


 両手で握る短刀は俺の眉間を狙ったままピクリとも動かない。

 月の光で照らされる切れ長の瞳に睨まれ、ゴクリと喉を鳴らした。


「今、お前が歌っていた歌と舞いは呪いの歌だろ。村で耳にしたことがある。「隣の部族が呪いの歌を歌い続けた暁には災いばかりが起こる」と――」

 ククッと喉を鳴らして女は笑ったかと思うと、

「アーハッハッハ!」

 大きく高笑いをした。ピラミッドの下にいる奴隷達にも聞こえてしまいそうな声だ。

「そうさ、そうとも。聞いていたのなら仕方がない。教えてやろう――。


 ――月落としをするのさ――。


 この王都に月を落とし、すべてを破壊するのだ」


 月落としだと――。

「バカな! そんなことをしたって、宮殿の屋根に当たってコロコロ転がり落ちるだけだぞ」

 些細な災いだ。夜空に月が昇らなくなるのは寂しい気もするが。

「……バカはどっちだ。そっちだ」

 腕を伸ばしてさらにナイフを突きつけて威嚇してくる。

「月までの距離は、はかり知れないほど遠いのだ。あの小さな月はこの地に落ちて来れば何倍もの大きさになるのだ」

 両手を広げて月を大きくイメージするのだが……想像できない。どう見ても豆粒ぐらいの大きさなのだ。

「その大きさゆえ、王都は全土が火の海となりエーロ川は乾き果て、すべての人間は灰になり、……やがては土に戻るのだ」

 またしても舞いを踊り始める。

 女の言っていることは、とても信じられないが……、呪いの部族による「呪いの舞い」の恐ろしさは昔から言い伝えられていた。


 程度はどうあれ、大きな災いを起こそうとしているのは事実だ。昨今の日照りや、井戸の水が枯れるのは、呪いの舞いをどこかで踊り続けているからなのかもしれない。


 生き残った呪いの部族が、人目に付かない高い所で舞いを踊り続けているのかもしれない――。


「やめろ! すべての人間が灰になるのであれば、お前も死んでしまうんだぞ」

「覚悟の上だ。自分が滅びれば、世界が滅ぶのも同じであろう」

 ――なんて身勝手な考えだ――!

「いずれは滅びる定め。誰かが滅ぼす文明。ならば、その最後を見届けるのは、自分だとは考えぬのか? 最後を見たいとは思わぬのか?」

「――見たいわけないだろ! お前は一番偉い存在にでもなったつもりか」


 ――この世の王にでもなったつもりか!


「黙れ! 三日三晩踊り続け、月を落とし――すべてと共に滅ぶのじゃ――」

 近づこうとすると、またナイフを構える。

「最後にいいことを教えてやろう……。今日がその三日目の夜だ。もう私を誰も止められはせぬ――。見よ! 月が少し大きく見えるだろう」

「なんだと――」

 振り向いて見る月は……真っ赤だ。だが、大きさ的にはそれほど大きくなったようには見えない。いや、大きいのかもしれない。ピラミッドに上った分だけ大きく見えるのかもしれない……。

 また女の方を振り向くと、――必死に踊っていやがる~。


 チッ――。時間稼ぎだったか――!


「力づくでも止めさせる――。この命に代えてでも――!」

 ピラミッドの最上段に上がると、女は直ぐにナイフを構え直す。

「愚かな! まずは貴様から死ぬがいいわ――」


 シュッ――!


 最初の一撃を咄嗟にかわしたが、少し触れた頬から血が流れ出た。

 マジで殺意に満ちている一突きだった。……だが、女が踊り疲れているのが幸いした。思いっ切りぶつかれば、ここから転落させることも容易いだろう……。

 次々と襲い掛かるナイフの動きを辛うじて避け続ける。

「――いったい、なぜお前は月を落とそうと企む! 奴隷とは違い、宮殿では不自由なく暮らせているのだろ――」

 水だって飲めるのだろう。

「あんなところにいるのなら、奴隷の方がよほどましだ! あんな奴ら……王族などとは名ばかりの、イカレポンチどもだ――!」


 ――イカレポンチ――?



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