世界を破滅させるはジェラシー?
看過できない問題点。
それは……。ガッポとジョナが……恋愛をしているという……研究所内に広まっている腹立たしい噂だ。
絶対に噂だ――真実の筈がない――。ずっとそう信じていたのに、昨日あいつは――、
ジェット機から降りたジョナのところへ駆け寄ると、思いっきりハグして、ちゅ、ちゅ、――チュ~しやがったんだ!
俺の目の前でだ――! ブロークンハートだ!
「ガッテーム!」
俺の声はジェットエンジンの大きな音でかき消されていた。だから、何度も何度も喉が痛くなるくらい叫び続けた。
「ガッテーム! ガッテーム! ガッテーム! ガッテーム!」
見つめ合って、またチュウとか……頭の後ろに手を回して髪の毛をクシャクシャにしながら……またチュウとか……。見ていて泣きそうなくらい腹が立った……。
昨夜こっそり自室で泣いたのは……内緒だ。ひと時の感情の荒ぶりが、研究の妨げになってはいけないと……自分を励ました。
ガッポなんて、いつかこの研究所から追い出してやると……心に誓ったのだ。
「おはようございます」
研究員数人と、ジョナが研究室にぞろぞろと入ってくる。時計の針は九時を過ぎていた。三日三晩続けた疲労が全員の顔に窺える。
研究所の地下にある研究室の窓にはすべて液晶ディスプレイがはめ込まれ、普段は美しい壁紙が表示されている。砂漠の地下なのに、綺麗な海と砂浜が広がるベイサイドにいると勘違いしてしまう。
その窓際にいるジョナを、サングラスをずらして見つめる。
――実験で分かったこと。あの女は……危険だ。
いやいや、危険どころの話ではない。月を落とすなど、大統領の核爆弾発射スイッチとは比べ物にならないほど危険な存在だ。人類を――いや、地球の存在を宇宙から消し去ってしまうほど恐ろしい力だ――。
しかも! さらに危険なことに……あの黒人、ガッポ・ダガーマには……妻と子供が二人いるのを俺は知っている~。
……ジョナは知らない。秘密にしているらしい。独身だと嘘をついている……。
――それが意味するもの。それは……なんかぞわぞわするほど危険だってことだ。
それよりも、さらに重要な問題がある――。それは、この俺は独身だってことだ!
――なのになぜ! 俺の方へジョナは来ないのかってことだ~!
インターネットでジョナの存在を見つけたのも、この実験に誘って莫大な政府の予算をジョナに支払い、豪勢な暮らしをさせてやっているのも、もとを辿れば俺のお陰なんだぞよ?
……研究所の地下居住区では、大した「豪勢な暮らし」なんてできないのだが……。
「ガッテーム!」
「やかましいぞ」
「やかましい……だと?」
クチャクチャとガムばかり噛みやがって……。
怒りをため息とともに口からひとつ吐き出すと、ガッポへと顔を近づけた。ジョナは窓際で昨日の実験データーがまとめられたA4の用紙に目を落としている。小さい声なら聞こえないはずだ。
「あの女は危険だ。昨日の実験で分かっただろ? お前の身勝手な行為がどんな結末を招くか考えたことがあるのか?」
「いや、あんまり……。俺は別に身勝手な行為なんかした覚えないぜ」
鈍い。
俺が何が言いたいのか分かっていない。
「これ以上ジョナに近付くな。お前の個人的な行動が研究に大きな支障を与える。恋愛感情で物事を台無しにしてしまう哀れな人間を俺は大勢見てきた」
ハッタリだけどな。
「それにだ。……そもそもお前は、妻子持ちだろ?」
「へい、ラリー。ま、まさか……」
ガッポが顔を青くした。今頃になって事の重大さに気が付いたようだ……。
「ユーは、俺の超凶暴なワイフにチクるつもりじゃねーだろーなー」
……ため息しか出ないよな。ガッポの黒い頬に冷や汗が流れ落ちる。
そんなことは俺の知ったこっちゃないのだが……カメレオンのように顔色が変わるのが面白い。――こいつ、奥さんの尻に轢かれるタイプだったのか。クス。
「それだけは勘弁してくれよ。俺、殺されちゃうかも……」
ニヤニヤしてしまう。
「今はしないでおこう。――だが、お前の彼女に対する行動がこれ以上エスカレートするのを黙って見ている訳にはいかない」
冷静沈着な俺は、使える手段は何でも使うのさ。そうやって今の研究所で確固たる地位を得たのだ――ハッハッハ―。
「ひょっとしてユーは、俺に焼き餅を焼いているのか?」
「焼き餅を焼いているだと?」
料理なんかしていないし、餅は喉に引っ掛かる感じが好きになれない。
「ジャパニーズフードか。意味が分からん」
「シット!」
嫉妬――だと!
「なんだとガッポ! この野郎! し、し、嫉妬なんてするわけねーだろが! ツバ飛ぶわ!」
思わず大人気ないくらいの大声を出してしまい、他の研究員やジョナがこっちを向く。だが俺だって人間だ、――もう頭にきた! 怒りが抑えきれない~。
「俺はお前のことを思って――」
いや……お前の奥さんと子供達のことを思って――。
「――言ってやってるんだぞ!」
それを嫉妬だなんて――許さない!
会議室で……またガッポと取っ組み合いの喧嘩をしてしまった。机の上のコーヒーはこぼれ、報告書は宙に舞う。ノートパソコンは机から転がり落ち、椅子や机がドミノのように倒れる。
こいつがここに来てから半年になるが、いつもこればっかりだ。
他の研究員達も、俺達二人の喧嘩を止めにすら入らない。ガッポは身長2m近くある巨漢だ。喧嘩して勝てるはずもなく、小学生の弟を相手にする大学生との兄弟喧嘩のように……軽くあしらわれる……。
ぐやじい~! おでこを大きな黒い手で鷲掴みされると、俺の手はガッポに届かない~。
「そう怒るなよラリー。いつかお前にもモテ期が来るさ」
「それが今欲しいんだよ~!」
鷲掴みにされた手を振り払うと、襟元を掴んで引き寄せる。
組み合って喧嘩しているフリを続けながら、小さい声でガッポに言う。
「そんなことよりも、もっと考えないといけないことがある――」
「ワッツ?」
「……実験の結果を得た今、俺達は次の行動に出なくてはならない。早急にだ――」
「……次の行動だと?」
やはりガッポは何も考えていない。ただのバカだ――。
「彼女は……この地下施設、NASU研究所から……帰ることはできなくなるかもしれない……」
「ジョナがここから?」
「ああ……」
俺とカッポの喧嘩する様子を遠くから電子タバコを吸いながら見守るジョナ。普段は俺達と同じように白い実験用の白衣を着ている。男だらけの汗臭いNASUの地下研究施設に、舞い降りるように現れた玉蟲のように美しい女性、ジョナ・エーロ。
よく実験に承諾したと……少し違和感すら覚えてしまう。




