二十三世紀、初頭
アメリカ航空宇宙局も過去に月が移動した原因を独自に調査していた。そんな奇怪な現象が起きるのなら、月に何かしらの装置があるはずだと考えた。幾度となくロケットやスペースシャトルを飛ばし、地表に文明の痕跡がないか月面をくまなく調査した。しかし、今のところ何の手掛かりも見つかっていない。
月の中心部まで掘ってみなければ分からないかもしれないが、そんな大きな重機を宇宙まで飛ばせるほど地球のエネルギー状況は裕福ではない。度重なる温暖化対策のため、省エネ、節約、早寝早起きはいつの時代でも鉄則である。
ロシアか中国が勝手に宇宙開発を進めていたとしても、わざわざ月の裏側で核爆発を起こさせ、地球に近づけるなど……考え難い。月面写真に爆発した跡は残っていないし、そもそも莫大な費用を掛ける意味がない。
結局、月が地球に近付いた科学的な理由は何一つ分からず、迷宮入りしたはずだった。だが、そこに出てきたのが日本人の考古学者が書いた一つの極秘報告書『大昔からの血を代々引き継ぐ種族には、呪いの歌で月を落とす力がある』だった。
――余計な物を書きやがって……誰が書いたか知らないが、文句を言ってやりたい。タイトルも長い。
その報告書の内容をここ数年、のらりくらり研究した結果、全人類の中に月を引き寄せるDNAを持つ人間――「呪いの血筋」と記載された人間がいることが分かった。さらに、その者が解読不明の言葉で記された呪いの歌、「ホワニタマニタ~」を三日三晩歌い続けると、月が異様な早さで地球に接近し、歌を止めると接近はピタリと止まることもようやく解読できた。
奇怪な現象を科学で証明できないからといって、このご時世に「呪い」などというあやふやな扱いにされているのが――まったくもって腹立たしい。二十一世紀などに書かれた極秘報告書なんかに、どれほどの信憑性があるというのか……。ちなみに今は二十三世紀初頭だ。
紙に印刷された報告書なんて……翻訳して読むのすら面倒くさい。
万が一、月が地球に接近すれば、人類にとって比類ない危機が訪れるのは必至――。だからといって、対策を講じろと言われても……やれやれだ。
大統領からのホットラインが切れ、研究室内が落ち着きを取り戻すと、観測用ジェット機に無線機で連絡をとった。
「ジョナ、本当に君は何も知らなかったのか? 「月落とし」について」
『そんなの知っているはずないじゃない。何度も言っているように、歌詞だって全部知らなかったんだから』
彼女の言っていることは本当なのだろうか……。
『お金が貰えるからこんな変な実験引き受けたけど、尋問みたいに色んなことを聞かれるのなら、元いた場所に今すぐ返してちょうだい。三日間も踊り続けてクタクタなんだからね――』
「……それはすまなかった」
詳しい話は明日だな……。こちらも研究室で三日三晩過ごしたのだから疲労がないわけではない。
実験と称する「月落とし」の検証でジェット機に乗ったジョナ・エーロと名乗る女性。我々とは別の調査班が彼女の履歴や対人関係、好き嫌いや利き腕などは洗いざらしに調査を行っていた。
何一つ謎めかしいところは見つかっていない。しいて言えば、モデルで生計を立てていると自慢していたが、詳しくは「読者モデル」だったと調査員がこっそり話していた。男ばかりの研究所内ではピカ一美しい……のだが、世間でモデルとして活躍できるほどの飛びぬけた美貌とスタイルではない……。
世間では……声帯もプチ整形し、「アニメ声」を発することのできる女性の人気が高いそうだが、俺にはまったく理解できない。
ジョナが呪いの血筋と判明した理由……それは、日本の考古学者が残した報告書に記されていた「呪いの歌」の冒頭一部分だけを公開し、全世界のネット上で歌の続きを大募集したところ、唯一この女性、ジョナだけが続きの部分を少しだけ知っていると名乗り上げてきたのだ。
「ホワニタマニタ~」の続き部分を知っていたのだ――。「マーレータ~。ファ~レーターミイナ・レ~ターじゃないの?」と。どこで誰に教えてもらったのかは覚えていないそうだ。
祖父母の鼻歌でも聞いていたのだろうか……。
血液検査や検便など、色んな検査を重ねてきたが、「呪いの血筋」の解明はできなかった。つまり、「月落とし」との関りは、何一つ見つからなかった。
だから俺達は安易に考え、実験はダメ元で行った。ジョナに歌が全て書かれた歌詞カードを渡し、三日三晩、成層圏でジェット機を旋回させて歌と……得意なダンスを躍らせ続けた。
ダメ元だから、適当でいいと考えていた……。食事や仮眠、休憩も適度に挟んだ。ダンスは飛行機内の支柱を使った『ポールダンス』だった。彼女が得意なダンスがそれだった。
俺も、飛行機に同乗したかった……。乗り物酔いしやすい体質が……今日ほど恨めしいことはない――。
そして、取り返しがつかないことが起こってしまったのだ。月が地球に数千キロメートル接近したのだ。実験を開始し三日三晩が過ぎた直後の、ほんの僅かな時間で――。
キュルルル――。
研究所横の滑走路へジェット機を出迎えに出た。満月が照らす荒野を吹き抜ける風は乾燥していて、少し肌寒くすら感じる。
ジョナが降りてきて、短い金髪をサッと手串で整えた。
それにしても……美しい。こんな綺麗な女性が……呪いの血筋の末裔だなんて――。




