先祖から伝わる呪い
――数千年前から先祖代々、末裔まで僕の家系に伝わってきた呪いがある。それは、「――なぜ、あの時、世界と共に助けてあげられなかったのか」という呪い。
「月落とし」をしようとする者を、なんとしても救えと――。それこそが世界を「月落とし」の恐怖から救う唯一の方法だと、昔から大爺ちゃんに何度も聞かされていた――。
瑠奈が飛び降りる寸前に、カラダは駆け出していた――。
安全ロープが絡まないように注意しながらも、飛び降りようとする瑠奈を両手で捕まえようとした――のだが――、一瞬早く瑠奈がすり抜けるように――体をヒラリと翻す――!
たぶん一番腹が立った――! 付き合い始めてから一番――!
月に照らされて、舞うように身を投げる瑠奈。――考える間もなく、なんとしても瑠奈の体を抱きとめ、一緒にビルから落ちてしまう――。
安全ロープが何メートルあるのかだとか、端が何に結んであったのかとか、確認なんてしていなかったが、月夜に奇跡は起きた――。
――ドンッ!
落下した力が急に重みに変わり、腕に強い力となってのしかかる――。僕はハーネスで身体全体が吊るされるが、瑠奈は何にも吊るされていない――。
僕が手を放したら、真っ逆さまに地上まで落ちてしまう――!
「――瑠奈! お願いだから、生きてくれ! 僕の体に、しがみついてくれー!」
僕は体なんか鍛えていないんだ。瑠奈の体重が何キロか知らないが……聞けないが、何分も掴まえていられるはずがない。
「――放して! わたしなんて好きじゃないくせに! 私一人が死ねばいいと思っていたくせに――!」
「そんなはずないだろ、バカ!」
だったら決死のダイブなんてするわけないだろうが――!
頼むからジタバタしないでくれ――!
「瑠奈は――絶対に放さない!」
両腕が重みに悲鳴を上げる。筋肉が硬直し、緊張で息すらできない。足の下には数百メートル下の小さなビルの明かりが見える。
強風に煽られると、大きく左右に揺れる。宙ぶらりんの状態で暴れる瑠奈の体は決して軽くはない。
「――重い!」
「はーなーしーてー。男なんて、みんな、みんな……、イカレポンチよ――。女の子をハーレムの材料くらいにしか見てないのよ!」
「――そんなことはない! 現にハーレムなんて大阪のどこを探したって見つからないだろ!」
腕が、もう限界だ――! 手汗だってヌルヌルして全然滑り止めにならない。情けない――、ここ一番で力が発揮できないなんて――。
「――頼むから……頼むから、俺に掴まってくれ、じゃないと、本当に落ちてしまう――」
揺れ動くとロープだって少しずつ角のところで削れて細くなり……。ブチッと切れれば地上まで真っ逆さまに落ちてしまう――。
このままじゃ二人とも……。明日の朝刊……いや、夕刊に載ってしまう!
……まあ、月が落ちてみんな死ぬよりも犠牲者の数はマシなのかもしれないがな……ハハ……は?
「どうして助けようとするの? 一緒に死ぬ気? バカみたいに……」
「一緒に死ぬだって? そんな気は微塵もなかったさ――。一緒に助かろうとしか、思っていなかったさ――」
僕の顔を見上げる瑠奈の瞳が潤んでいて……とても綺麗だ。
この非常時にそんなことばかり考えていた。
「どうしてよ――私が生きていれば、これから先だって、いつ、どこで月を落として世界を滅ぼそうとするか分からないのよ?」
「ハハハ、それは絶対に大丈夫だ――」
笑わせないでくれよ、力が抜けるだろうが――。
「私の産んだ子供は……必ず優性遺伝で特別な力が宿り、同じように世界を滅ぼしかねないのよ――」
「だから、大丈夫だって言ってるだろ」
息も切れ切れで……ここで説明させるなよ……。
「なぜなら、僕が一生見守り続ける。僕だけじゃない。僕達の子孫がみんなで守り続けていく! だから、今まで僕達は生きてこれたんだろ。
――一度も「月落とし」なんて、成功しなかったんだろ? 何千年もの長いあいだ……。これからもずっとそれは変わらないっ――」
三日三晩、歌い踊らせなければいいんだ。だったら簡単じゃないか、ずっと見守っていればいいだけだ。――それが、先祖代々伝わってきた悔やみ。助けてあげられなかった悲しい呪い。
助けることで、やっと解き放たれる呪い――。
「瑠奈が死ぬのもこの地が滅ぶのも、瑠奈にとっては同じこと……そう言ったよね。だが、それは僕にとっても同じことなんだ。宇宙が滅ぶのと自分が滅ぶのは、同じくらい大変なことなんだ……。
――だが、だからこそ自分以外の人もみんな同じで、宇宙と同じだけ大切なんだ。宇宙も、ぼくの命も、瑠奈の命も――すべてがとても大切なんだ――。だからもう、滅ぼそうとか、滅びようとかなんて、そんな悲しいこと、考えないでくれ――」
――つうっと頬を流れる涙が、月に照らされて煌いた……。
そっと瑠奈の手が僕の首に絡められると、嗚咽を上げて泣きはじめた……。
……助かった。安堵の涙が僕の頬にも流れる。
ロープの余った部分をしっかり瑠奈の体にも巻き付け、カラナビでハーネスにカチッと固定する。これで力が抜けても大丈夫だ。情けないが、僕の両腕はつってしまい悲鳴を上げている。
「……でも、ここからどうやって降りるの?」
……。
もうロープを登り上がる力なんて、どこにも残っていない。映画のアクションスターのように体を鍛えておけばよかったと後悔してしまう。
「ははは、……消防車でも呼ぶよ」
腕はつったままだ。スマホを操作するのも心配なくらいに痛い。
ズボンのポケットに入っているスマホを手探りで取ろうとすると、
「……もう少しこのままでもいいよ。私、高い所……好きだから」
……。
優しく抱きつく瑠奈。ちょっとだけ何を考えているのか分からないところがある。僕は……やっぱり高い所は嫌いだ。――大嫌いだ。
「文昭、高い所が苦手って……、あれ、嘘だったんでしょ。すっかり騙されたわ」
「……。ああ、最初にあの歌を聴いた時、ひょっとしてと気が付いたんだ。警戒して君が僕の知らない高い場所で踊らないようにするために、わざと高所恐怖症と嘘をついたんだ。本当はぜんぜん怖くない。会社で慣れているから」
「やっぱりね……」
「嘘をついてごめん」
「……ううん」
優しくキスされたのを、お月様に見られてしまった。




