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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
現代編
31/51

高所恐怖症の理由


 ――人間はいつでも身勝手な生きものだ。それは人が地球上で生活を続ける限り、永遠に繰り合えされる。温暖化は阻止できず、絶滅危惧種は――危惧された後に必ず絶滅してしまう。人さえいなければ、地球の表面は砂漠にもアスファルトにもならず、本来の瑠璃色の青さを継続することだろう――。

 ――でも今、僕はこうして生きている。瑠奈だって、すみれさんや野神先輩、たくさんの人達が必死に生きているんだ。


 だから、やめさせなくてはいけない――。

 月落としなんて――。

 僕の命に代えてでも――。


「高所恐怖症なんでしょ? 怖くて近づけない?」

「……怖いものか」

 強い風が吹く中、仮設の足場を一歩一歩、瑠奈の所へと近づく僕の足取りに、震えなどはない。


 ポケットに手を入れたままでも歩けるさ。


「……どういうことなの」

「ハハハ……。実は瑠奈が先祖代々の言い伝えを聞いていたように、僕も聞いていたのさ。大爺ちゃんから……。


 ――ホワニタマニタと歌うもの。呪いの力で月を落とそうと企てし呪いの民。満月の夜、踊り続ける女には気を付けろ。……月を落とそうとする者を……生かしておくな――。


 ……まさか本当にそんな「呪いの歌」を歌って舞いを踊る「呪いの民」なんかが、現代にまでいるとは思ってもいなかったけどな。運命すら感じるぜ」

「――!」

 高度な文明はその姿を地に残せなくても、先祖代々からの言い伝えが真実を伝えることがあるんだ――。歴史調査員の親父が知ったら、歯ぎしりをして悔しがるだろう。


 古くから伝わる血族の末裔が、今、僕の目の前にいるのだから――。


「そ、そんな――。そのことを知っていて私に近づいていたって言うの――?」

 瑠奈は踊りをやめ、端の方へと後ずさりする。

「ああ。僕の先祖はそうやって――巨額の富を手にしたらしい」

 じりじりと距離を詰めていく。

「巨額の富を手に入れて、僕だって富裕層になりたいのさ……。瑠奈だってそうだろ? すみれさんみたいになりたかっただろ? なんの不安や心配もなく、将来を約束された人生を過ごしたかっただろ? 他人を不幸にしてでも、自分が幸せになりたい生き物なのさ。人間って。

 今までもそうだったし、これからもずっとそう。いつの時代にも――だな」


 手探りでシャツの下に着込んだハーネスの金具の位置を確認し、巻いて吊るしてある作業用の安全ロープを見つけると、それを繋いで一度引っ張り、僕だけは身の安全を確保する。

 僕が死んだら元も子もない――。

 追い詰めた瑠奈の後ろには、もう仮設の手摺しか残っていない。


「「月落とし」なんてさせるものか! 瑠奈をここから「突き落とし」てでも!」


 ……微妙な親父ギャグが、一瞬の間を作った。

「……やっぱりそうよね。そうなっちゃうよね。その方が自然だよね……。みんなを道連れなんて、おかしいもんね。


 死ぬのは自分だけでいいものね……。


 さようなら……文昭、あなただけは、ちょっと好きだったわ……。でも忘れないで。呪いの歌を知っている人は、世界中にまだいるんだから――」


 ――涙だけを屋上に残し、瑠奈は軽やかに手摺に登ったかと思うと、ゆっくりと後ろに倒れるように……。


 飛び降りた――。


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