裏ミクスカス
真夜中のミクスカスは、暗闇にそびえ立つ古代建造物のようにも見える。人はよくこんな大きなものを造ることができたと感心してしまう。
いや、感心している場合じゃない。ミクスカスの裏側へと周り込むと、暗い中、搬送業者の車を誘導したり、指示を出したりしている警備員を見つけ、不自然のないように近付く。
「……あの~、妹がコレを忘れたから届けに来たんですが」
高所作業用のハーネスを黒くて大きなバッグから取り出して見せる。
「ああ、あの子の兄ちやんか? 最近会社に来てなかったと思ったけど、今日は来てるんだな」
ここに瑠奈は来ている。――間違いない。ここ以外に彼女の居場所はないはずだ。
だが、仕事用のハーネスを持って来ていない。それが意味するのはいったい……。
「いいよ、奥の貨物用エレベーターで上がって」
作業員用の扉を開け、疑うことなく簡単に通してくれた。
「指を挟んだりしないように気を付けてな」
「あ、はい」
深夜に作業をしている人達は、昼間に作業している人達とは別の繋がりや現場のノリがあるのだろう。
ガラガラガラ、ガチャン。
貨物用エレベーターには自動扉も着いておらず、あちこちに台車や荷物をぶつけた傷跡が付いている。そして速度はかなり遅い。揺れも大きい。
エレベーターの中でハーネスをシャツの下に身に付けた。接近中の台風の影響もあり、かなり風が強そうだ。
最上階のフロアに辿り着くと、そこからは非常階段で屋上へとむかった。展望デッキとヘリポートを通り抜け、空調用の設備や避雷針が設置されたフロアへ向かう。最低限の照明で灯されている作業灯は薄暗く、目を凝らして歩かないと段差や配管につまずいてしまいそうだ。手摺の高さも低い。一般の人は決して近づかないところは、階段や通路すべて鉄製のグレーチングで、地上からの風が吹き上げてくる。
――見つけた。
小さな通路の一番奥。誰にも見つからないようなビルの屋上の隅で、黒い影が動いている。
声を掛けず、見つからないようにそっと近づいた。
瑠奈は両手に……団扇を持って空を扇ぐように歌いながら踊っている……。風を集めるような不思議な音階が辺りに妙な共鳴を引き起こしている……。
「ホワニタマニタ〜マーレータ~。ファ~レーターミイナ・レ~ター。ミ・ンナオエーロ・ジーカアーラ~。オニ―イタン・ハ・エーテル~。キャアーキヤアーミインタニイ・テ~。ミンナ・デ・カーマリータラ~。イエイ!」
ずっと聞いていると、なにかに憑りつかれてしまいそうな心地良い感覚……顔を振って眠気に似たそれを振り払う――。
瑠奈の足元には買いだめされたゼリー状の携帯食料や、食べた終えた菓子パンの袋。水の入った2Lのペットボトルが乱雑に置かれている。あ、コンビニの袋が……風で吹き飛ばされて――こちらに飛んできた。
黙って見ていた僕の姿に気が付いてしまった……。
仮設の細い足場を渡らなければ近づけない場所に瑠奈はいた。もし渡る時に強風でも吹いて煽られれば、一気にビルの下まで落ちてしまうだろう。
「……今日の仕事はちょっと変わってるな。そんなところでずっと踊って……いったい何をやっているんだ?」
僕に気付いたはずなのに踊りを止めることなく、まるで待っていたかのように答えた。
「黙って見ててよ」
遅いよ……と言っているように聞こえた……。
もう、遅いよと……。
「なにもかもを壊したい――と思っている人は、私の他にも大勢いるわ。今までもそうだったし、これからもずっとそう。いつの時代にも――。
だから、今日で終わらせるのよ――。
月落としを……するの」
……やはり、あの時の話は本当だったのか……。
酔った勢いで言っていた「月を地球に落とせる」なんて戯言……。
「月落としだって? 冗談だろ?」
「フフフ。だから、黙って見てなさいよ」
「――そうはいかない。何の罪もない大勢の人達を道連れにする気なのか? 身勝手な発想だとは思わないのか?」
「身勝手……?」
急に涙を流しながら瑠奈が叫んだ。
「あなただって一緒だったじゃない――」
瑠奈の過去にどんな辛い思いがあったのか……僕は知らない。
「――いや違う! 僕は一緒なんかじゃない」
「一緒よ……」
反論できなかった自分が……情けなさ過ぎた。
細い作業用の通路を挟み立ち尽くしていた。瑠奈は舞いを……止めようとはしない。




