やばい葉っぱ
目が覚めたのは、真夜中だった。
日中の赤い太陽にかわり、小さな丸い月がピラミッドの先端に上っている。月とたくさんの煌く星々。あれらはいったいどこから吊るされているのだろうか……。
身に付けていた腰巻きの下から、一枚の葉っぱを取り出した。
奴隷へ配られる唯一の食糧。なにかの植物の葉っぱだ。匂いを嗅ぐと、青々しい香りが嗅覚を呼び覚ます。
不思議なことに、これを一枚口の中に入れて何度も噛んでいると……最初はショウガとミョウガを同時に噛んだような苦味が口いっぱいに広がるのだが、それが途中から何とも言い難い美味しい果実のような味に変わり、……ヨダレがダラダラ流れて口の中を甘い汁で満たしてくれる。そして、それは口の中でたくさんの果物に変わり、食べきれない甘い果実と共に、夢の世界へと俺を導いてくれるのだ。
絶対にやばいヤツだ。分かっているのに、もう食べなくては生きていけない。
口の中に放り込んで噛み締める。……もう、俺も長くは生きられないんだろうなあ……。
ここへ連れてこられる前に居た所のことは、もう殆ど覚えていない。一緒に連れてこられた友人達は、俺以外は全員死んでしまい、今では干からびたヤモリのように岩の上に張り付いて異臭を放っている。
ああ……なんか、なんか……幸せだなあ……。やばいよなあ……この感覚……。
「へへへ」
「――うるさいぞ」
「……すみません」
隣で寝ている奴隷に怒られてしまった。へへへ。
「テヘペロ」
「……」
頭の裏で手を組み、寝転んだまま夜空とピラミッドを見上げる。今は砂漠に吹く夜の風が心地良い。
星が一筋流れた。流れ星だ――。
「女欲しい、女欲しい、女欲しい――はっ!」
――奇跡だ!
流れ星に願い事が三回言えてしまった! ひょっとするとこーれーは~!
「――うるせえって、さっさと寝ろ! ラリってんじゃねーぞ、ブッ殺すぞ!」
「ごめんなさいっ」
こえ~。よその部族から連れてこられた奴隷だ。水が飲めなかったせいだか分からないが、不機嫌極まりない。
噛んでいた葉っぱをゴクリと飲み込むと、また夜空を見上げて眠ることにした。
もう、目を閉じたら目覚めることができないのかもしれない。
今はもう、死ぬのも怖くない。なのに、星空がグニャリと涙で歪んだ。
「ああ! 涙って勿体ねー」
慌てて手で拭って、それをペロペロと舐める。涙はしょっぱくて甘酸っぱかった。
「……」
ボ~っと遠のく意識を体へと連れ戻したのは、見つめていたピラミッドの上に、小さく動く影を見つけたからだ。
……あれは、なんだろう。
月明かりに照らされた無数のピラミッド。目を凝らして見ると、その一つの上で、小さく揺れ動く物が見える……。ずっとユラユラと動く物が、人のようにも見えるが……だったら、いったい何をしているというのだ。わざわざあんな高い所へと登って……。
今の俺と同じで、少し頭がおかしいのだろうか……。
胸がソワソワする。今ならピラミッドの上まで登れそうな気がする。空も飛べそうな気がする。気分が高揚したままの俺は、それを確かめる為に静かに立ち上がった。
「なんだ、小便か? だったら俺にくれよ。喉が渇いて仕方ねえんだ」
隣の奴隷の言うことを無視し、暗闇の中、月の明かりを頼りにピラミッドへと向かった。