通じない心
裸で二人は仰向けに横になっていた。
ぎこちなく荒々しい行為が終わった後の僕は、申し訳ない気持ちで一杯だった。それなのに、
「ごめんね。初めてじゃなくて……」
天井に向かって呟くように言う瑠奈……。どんな表情をしているのか、見たくても見る勇気がなかった。
いったい誰と……、何人の男とここで……考えたくなかったが、噂を聞いてからずっとそればかり考えていた。――瑠奈には瑠奈の人生があったのに、それに嫉妬するなんて子供過ぎるのに……。
「……いや、僕の方こそ……ごめん」
「……」
ゆっくりと瑠奈は、自分のことを語り始めた。
「私の祖母と母は謎の死を遂げたの。……たぶん、殺されたんだと思う」
「――え、殺されただって?」
この平和に満たされた現代日本で?
「いったい誰に」
「分からないわ。私が小学生になる前のことだもの。でも、父は必死にいつも言っていた。「お前は普通だから大丈夫だ。俺の子供だから大丈夫だ」って……」
「普通って……。瑠奈は普通じゃないか。他の女の子と少しも変わらないよ――」
クスクス笑う。
「文昭は嘘が下手ね。私に「帰れ」って言われたときだって、直ぐに鍵を開けて入ってこればよかったのに……」
――じゃあ、やっぱり部屋に入って来て欲しかったのか――。隣を向くと、そっとまたキスされた。
「父は自殺しちゃった。私のことで悩まされ続けていたのよ……」
「……」
「私の先祖から流れている特別な血は優性遺伝する「呪いの血」で、その血は世界中から根絶やしにしないといけないの」
「そんな馬鹿な――」
呪いの血だなんて……バカバカしい。
「そんなものが実在するのなら、歴史調査員の俺の両親が両手両足を上げて大喜びするだろうさ――」
「大昔から、災いを呼ぶ呪いの血族なんだって……」
黙って天井を向く。
「私にとっては、私が死ぬのもこの地が滅ぶのも――同じことなのよね……」
……どういう意味だ?
ひょっとして、
「宇宙の中心は自分説……か? 瑠奈はまだ……」
厨二病と言いかけて……止めた。
「あ、厨二病って言いかけたんでしょ!」
「――ううん。ぜんぜん。思ってもいないよお」
口をプウっと膨らませて怒る表情を見せるのが可愛い。
夏の夜、二人で寝るのには狭いベッド。窓から入ってくる風と扇風機だけでは、肌に浮き出る汗は止まらない。
とても幸せな時間だと感じた。瑠奈もきっと同じだと……思っていた。
――だが、そうではなかった――。
「何もかもが急に嫌になる時ってあるよね」
裸のまま瑠奈は起き上がると、窓際に座った。外から誰か見ていれば、見られてしまうのだが、丸い月をバックに座る瑠奈の姿は、美しくて見とれてしまう。
そして口ずさむのは……またあの歌。
……懐かしいような悲しいメロディー。
「ホワニタマニタ〜マーレータ~。ファ~レーターミイナ・レ~ター。ミ・ンナオエーロ・ジーカアーラ~。オニ―イタン・ハ・エーテル~。キャアーキヤアーミインタニイ・テ~。ミンナ・デ・カーマリータラ~。イエイ!」
……最後の「イエイ!」が、少し聞いていて気恥ずかしい……。掛け声のようにも聞こえる。今日は月が妙に明るかった。数日後には満月を迎えるのだろう。
「……今日は追い掛けてきてくれて、ありがとう。でも……もう会わないようにしましょう。月が見えなくなる前に……。
――帰って」
別れを告げた瑠奈の目からはもう、優しさは消えていた。
瑠奈は下着も付けずに服を着ると、部屋を出て行ってしまったのだ。
――仕事の時間になったのだろうか……。
主が出て行き、居心地が悪くなった部屋。一人でいても仕方ながく、僕は服を着て窓を閉めた。
合鍵を机の上に一度置いたのだが……。またすぐに拾い上げ部屋を出ると、外から鍵を掛け……郵便受けに入れておこうかと考えたが……黙って財布の小銭入れに仕舞った……。
瑠奈には「もう会わないようにしましょう」と言われたが、ここにはまた来ると……確信していたから……。