仕組まれた罠
「いらっしゃいませ!」
店員の声にチラッと店の入り口を見ると、一気に酔いが醒めた――。
暖簾をくぐって入って来た客は、年上のおっさん数人と……。
――瑠奈だった。
――!
急に顔を背けてバレないようにした。当たり前だ、彼女がいるのに内緒でコンパに来てしまったわけだから見つかる訳にはいかない。……だが、じゃあ、瑠奈はどうなんだ? 彼氏がいるのに、年上の男数人と……居酒屋?
離れた席に座った。瑠奈はまだ僕のことに気付いていない。
おっさん達に囲まれていつものように黙々と御飯を食べ続ける。合コンの時は一言も喋っていなかったのに、おっさん達とは気軽に話をしている。聞き耳を立てている訳でもないのに、話が耳に流れ込んでくる……。
「二十歳になったんだろ? 一杯どうだ?」
「いらないわ」
「いいじゃん、いいじゃん。今日も奢るから」
「……じゃあ、一杯だけ」
ガラスのコップを出す瑠奈と、瓶ビールを注ぐおっさん達……。
――見ていて気が気でない――。
「おお~、いけるクチだね、ささ、もう一杯」
見かねて立ち上がろうとしたとき、急に太ももを野神さんに痛いくらい強く押さえ付けられた。
――!
野神さんだけは気付いていた――瑠奈が店に来ていることに――。
「ちょっとお手洗いに行ってくるわ」
すみれさんが席を立った時、野神先輩が急に肩を寄せてきた。
「おい、――あの女、望月瑠奈っていうお前の彼女だろ」
まさかこんなところでバッタリ会うとは思ってもいなかったが……。そう考えてハッとした――。
今日、ここに瑠奈が来ることを知っていたような言い方だ――。
しかも年上の男達と――つまり、いつもここに来ているのを――知っていたんだ――。
「もう一度言うが、お前、あんな女はやめとけ」
声が大きくなっている。店内に響き渡るくらいに――。
――当然のように、瑠奈にも聞こえた。
こっちを向いて、目が合った――。
だが、なにも言わない。急に下を向き、僕に気付かないふりをして、またご飯を食べ続ける。ビールも飲む。
「――あんな女、どこの誰とヤッてるか分かんねーぞ!」
声が大きい――わざと聞こえるように言ったとしか思えない――。
瑠奈は急に立ち上がると、口元を押さえながら走って店から出て行ってしまった――。
「あれー、瑠奈ちゃ~ん、急にどうしたの?」
「今日はもう食べないの?」
周りのおっさん達は訳も分からず声を上げるが、誰一人として立ち上がって追おうとはしない。座ったまま何もなかったかのように飲み食いを続ける。
太ももを押さえていた先輩の手を跳ねのけ立ち上がり、追おうとしたのだが、
「――追うな。俺が今日、なんでこの場を用意したのか分かってんのか?」
目が真剣だった。
仕事でも見せないその顔が、今は滅茶クソ腹立たしい――。
「なん……だと」
歯がギリギリと軋む。
「何度も言わせるな――。あの女はやめとけ。お前が辛い思いをするだけだ」
「なんだと!」
僕の手加減抜きの渾身のパンチは、野神さんにはかすりもしなかった。バランスを崩して倒れそうになる僕を、逆にガッシリ受け止めて支える。
「いいか、よく聞け。お前は納得いかない顔をしているが、あの女はおかしい――。言っていることややっていることが普通じゃない。厨二病が重症化したって、ああはならない。必ず災いを呼ぶような女だ」
「なんでそれが分かるんだよ!」
「だから、噂を聞いたって言ってるだろ! 男から金をもらって関係を持っているだとか、メシの誘いはタダじゃなかったら絶対に断るだとか……。身内がいないから中学卒業してからずっと働いているそうだが、中学すら殆ど行ってないそうだ。ミクスカスで働いているのだって、嘘に決まってる。
――そんな女と、お前みたいな温室育ちが付き合ったって、上手くいくはずがないだろ! いずれはお互いが辛い思いをするだけだ――」
――辛い思いだと! こいつから言われたくなかった……。
こいつからだけは言われたくなかった――。
……どこか自分も気付いていたのかもしれない――。いつの間にか、そう思っているのがバレていたのかもしれない――。
だが、それを人からは言われたくはなかったんだ――!
「放してください!」
手を振りほどいて、店を出ようとした。
「バカ野郎! どうなっても知らねーぞ」
「うるさい! 放っといてくれ――!」
店を出たところに立っていたのは――すみれさんだった。腕を組んで……少し怒った表情をしている。店の中のやり取り……大きな声だったから全部聞かれたんじゃないだろうか……。
「……すみません。どいてくれますか」
「……」
ハア~っと大きくため息をつかれた。
「そういうことだったのね」
「――え?」
クスクスと笑っている。僕がこんなにも怒っているっていうのに――。
「みんな噂を勝手に膨らまして騙したり騙されたりしているだけなのよ。……あの子はそんなに悪い子じゃないわ」
「……すみれさん」
一を聞いて十を知る人って……すみれさんのような人なんだと感じた……。
「行ってあげて。私のことなら気にしなくていいから」
「ごめんなさい」
頭を下げると僕は、瑠奈の後を追った――。




