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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
現代編
25/51

行き当たりばったり


「またコンパですか?」

「ああ。メンツが足りないんだよお。飯食いに行くと思って付き合ってくれよ。彼女がいるなんて黙ってりゃ分からないし、いい女だったらそっちに乗り換えろよ。な、頼むぜ」


 瑠奈は……彼女というわりには、デートすらあれから一度もしていない。連絡だってとれていない。もう一週間が過ぎていた。

 彼女なんかじゃ……ないのかもな。

 だが、財布にはいつも合鍵とゴムだけが入っている。……これじゃ、僕ってただのバカじゃないか……落ち込んでしまうばかりだ。


「じゃあ決まりな。男は五千円だが、今回は俺が半分出してやるよ」

「それは……いいですよ、別に」

「遠慮すんなって!」

 また背中をバンバン叩かれた。

 普段と違って偉く気前のいい野神さん。逆に裏がありそうで怖いのだが、コンパを断らなかった。


 ……憂鬱な気分を、飲んでパーッと吹き飛ばしてしまいたい自分がいた。



 次の日の夕方、仕事が終わると野神さんと地下鉄に乗り、目的の店へと向かった。

 暖簾が揺れるチェーン店の居酒屋。女性陣は先に着いていると聞いて、野神先輩と僕は店の奥に案内された。


 四人席の手前側に二人並んで座っていて、まだ顔が見えない。――だが、後ろ姿で分かる。一人はスレンダーだが、もう一人は、肩の肉がヤバさを表している。


 ――え? 

 ……ひょっとして、男二人対女二人?


 だとすると……俺にあてがわれるのは……。やばい、足取りが重くなる。

 ――またしても野神先輩の策略謀略に陥れられてしまった――。


「遅れてわりいわりい」

 先輩に隠れるようにして席へと向かい、振り向いた二人の女性に驚いた。

「――あ!」

 思わず声を上げてしまった。声を上げるくらい驚く人がそこには座っていたからだ。

「こんばんは」

 前に一度会った事がある。ミクスカスの花――受付嬢の見里すみれさんだ!

 「幸せに育ちました」っていうのが伝わってくるような上品な座り方。居酒屋には不似合いかもしれないほどの清楚な服装、大人っぽい仕草。


「お、古河も覚えていたのか。じゃあ話は早いな」

 先輩は少しポッチャリ系の女子の前へと座ってくれ、なぜだかホッとした。いや、ドキドキした。

「実は、俺の彼女なんだ」


 ――えっ! 野神先輩の彼女――?


 思わず開いた口が塞がらず、高揚していた士気がどん底へと落ちる。もう一度綺麗な瞳を見つめてしまうと、ニコッと微笑んでくれる。その笑顔が今は切ないのかもしれない。

 以前の合コンには彼女は来ていないと言っていたのに……。それとも、まさか一週間ですみれさんを今の彼女にしてしまったのだろうか……。

 イケメンの野神さんには、容易いことなのだろうか……。


 吸い寄せられるような綺麗な瞳から、隣の……大柄な女性へと視線を移す。

「初めまして、越山多恵子(こえやまたえこ)です。俊樹君と付き合ってまーす」


 ――?

 一瞬、越山さんが何を言っているのかが理解できなかった……。

「おいおい、どうしたんだよ。バカみたいな顔しやがって。それとも、俺の彼女に一目惚れしたんじゃないだろうな」

「やだ、駄目よ。困っちゃうじゃない」

 顎を引くと、二重顎になるのが……見ていて辛い。息が詰まりそうになる。


 ――まさか……野神先輩って、デブ専――?

 ――ってことは、僕にあてがわれたのは……すみれさん?


 ちょうど一杯目のお酒が運ばれてきて僕は、「乾杯」もせずにビールを飲んでしまい、クスクス笑われた。


 すみれさんはお酒の飲み方も上品だし、目が……生き生きしている。野神先輩がほとんど一人で喋り、みんながそれに応じて笑っていたのだが、途中で野神さんが、

「話しにくそうだから、ちょっとテーブル離すか」

 なんてことを言い出した。

 四人掛けのテーブルは、二人掛けのテーブルがくっつけてあった。ギーっと引きずり、五十センチくらい距離が離れる。これでも会話は筒抜けで聞こえてしまうが、すみれさんと二人だけでテーブルに座っている状態になり、何かを話さなければいけないと思うと、それだけで手に汗を感じた。

 清楚な膝丈の夏色ワンピ―ス。長い黒髪と、小さく揺れ輝くピアス。箸の持ち方も正しくて、爪は綺麗に整っている。マニキュアやネイルアートではなく、すみれさんの美しさを直に感じてしまう。


 突き出しの小鉢、「タコとキュウリの酢の物」すら、高級店の一品に見えてしまう――。


 すると、そんな上品なすみれさんがテーブルに迫ってきて両肘をテーブルに付け、掌で顎を押さえる。

 僕にも同じようにテーブルに近づいて来いってことなのだろうか。同じようにテーブルに前のめりに近付いた。

 ……顔同士が近付いてしまい、ドキドキする。きつ過ぎないすみれさんの香水は柑橘系の爽やかな香りがして、頭の天辺まで鳥肌が立ちそう……。


「ねえ、古河君って、付き合っている彼女がいるの?」

 すみれさん、聞いてくることがストレートだ。少し頬が赤いのは、ひょっとすると酔っているのかもしれない。

「……え、いや、いないですど」

 ――「いないけど」と「いないですけど」が混同してしまうくらい酔ってしまってる。いや、まだ酔っていない。ただただ、テンパっているだけだ~。

「ふーん。でも本当はいるんでしょ。分かるわよ、だってガツガツ来るわけでもないし、なんか余裕ありそうだもの」

 少しうっとりした表情が居酒屋の少し照度を抑えた照明で、とても綺麗に見える……。


「でも、今の彼女に満足していないんでしょ」


 ――。

 初対面で、なんでそんなことを見透かされてしまうのだろうか――。毎日たくさんの人と接する仕事をしていると、人の考えていることや性格までもが見えてくるのだろうか――。胸がドキドキと強く鼓動する。


 瑠奈は「すみれ」と呼び捨てにしていた。ハンバーガーが美味しい店も聞いていた。二人は友達関係なのだろうか? ひょっとして瑠奈は僕とは連絡を取り合っていないが、すみれさんとは話しているのだろうか。――でも、だったらコンパになんて誘ったりするはずがないだろう。

 ……分からない……複雑そうな女子の友達関係……。

 

 すみれさんは話題が豊富だった。僕の仕事の話や先輩……主には野神さんに対する愚痴なども笑いながら聞いてくれる。自分の考え方をハッキリ言うのに、僕の意見も否定しない。話していて凄く楽しい。

「野神君って古河君のことが可愛くて仕方ないのよ」

 クスクス笑いながら言う。男なのに、可愛い? 僕が?


 それって、ボーイズラブ?


 思わず野神さん達のテーブルを見ると目が合ってしまい、なぜか、頬が赤くなってしまった。

「おいおい、なんだよ、俺の顔に何かついているか?」

 そんなベタな返し言葉ですら笑ってしまうような楽しい雰囲気だった。


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