いよいよ
夕方になり、瑠奈のアパートへと戻ってきた。
昼ご飯が豪勢だったから、夜はコンビニの弁当でいいと瑠奈が言ったのだ。レストランや居酒屋とかもいいが、二人っきりでゆっくりお弁当を食べるというのも……彼女いない歴二十年の僕にとって、好奇心が掻き立てられる――。
錆びた鉄製の階段やヒビの入った外壁。なぜこんな古いアパートで一人暮らしをしているのだろうか。聞きたいけど……聞けない。瑠奈のプライバシーだ。他の女子がやってなさそうな危険な高所作業が伴う清掃業。生活が苦しいのだけは分かってしまう……。それとも、とてつもない大きな夢の為に、必死にお金を貯めているのだろうか。……民間の宇宙旅行とか?
「どうしたの?」
「――い、いや、なんでもない」
瑠奈に続いて部屋に入った。窓からは沈みかけの陽ざしが部屋を赤く染めている。ここからでもミクスカスの姿が見えると、さっきまであそこにいたとは思えないような錯覚に陥ってしまう。
コンビニで買った弁当を食べ、これからどうしたらいいか分からずにソワソワしていると、瑠奈はまた出かける準備を始めた。
「ごめんね、今日はこれから仕事なの」
――え?
「ビルの清掃作業って、夜中にやる仕事なのか」
危ないだろう……。
「お客さんが来ている時にできるわけないじゃない。清掃作業以外にも点検作業とか色々やっておかないといけないのよ」
瑠奈は壁に掛かっていたハーネスを、黒い大きめのリュックへと詰め込む。
……。
今日はこれから一緒にいられると思っていた……。
構築されていた期待が大きな音を立てて崩れる気がした――。
「そ、そうなのか……。じゃあ僕も帰るよ」
「ゆっくりしてくれたらいいわ。合鍵……渡しておくから」
「い、いいよ!」
瑠奈は台所の引き出しの一つを開けると、キーホルダーも何もついていない鍵を取り出し、僕に渡そうとする。
「……だって、私たち……付き合ってるのよね……」
少しだけ頬が赤い。
瑠奈も……恋愛がしたいのだろう……。大人の恋愛……。
「持ってて」
「あ、ああ」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえてしまいそうで、恥ずかしかった。
ミーンミンミンミン。
ジジジジジジ。
ジー。
扉がガチャンと音を立ててしまると、急に蝉の鳴き声が耳にうるさく入ってきた。
明日の朝までここに居て欲しいってことなのだろうか……。でも、今日は日曜日だ。明日は僕だって仕事がある。それに、もしここに居て欲しいってことなら、合鍵を渡す必要なんて……ない。
食べ終えた二人分の弁当のゴミを台所に置かれた大きな透明ゴミ袋へと入れる。中にはコンビニ弁当やカップ麺のゴミばかりが分別もされずに詰め込まれている。
瑠奈が出てすぐに僕も部屋を出ることにした。主のいない他人の家は居心地が悪くて落ち着かなかったからだ。瑠奈との心の距離を……感じてしまう。
合鍵で鍵を掛け、それを財布の小銭入れに仕舞った。
瑠奈は今日一日中、僕とデートしてくれた。昨夜も寝ずに朝まで仕事をしていたのだろう。……これから仕事って……睡眠時間は大丈夫なのだろうか。
帰り道、自分のやるせない気分に気が付いた。野神先輩からもらったコンドームが財布に入っていることに、ただただ嫌気がさした。




