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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
現代編
22/51

育ち盛り


 ハンバーガーとだけ聞くと、ファーストフード店の薄っぺらいハンバーグと、同じように薄いレタス。想像の範囲を超えないソースと、無用と思うピクルスをイメージしていたが、レストランで注文して運ばれてくるハンバーガーの姿に、ただただ驚いた。


「すみれが前に、「ここのハンバーガーが一番美味しい」って言ってたから、一度は食べてみたかったのよ」

 白い大きな皿の上に乗って運ばれてきたオリジナルハンバーガーは、倒れてしまうかと思うくらい背が高く、女の子の口には簡単に収まりそうにない。

「これを同じ「ハンバーガー」と呼んでいいのだろうか……」

 大きさに戸惑いながらも、されどハンバーガーと決心し、両手でガッシリ掴まえ、滴り落ちる肉汁やソースを構いもせずに口へと運んだ。

「美味しい!」

 瑠奈の顔がほころぶ。たしかにこれは、


 ――旨い。


 値段はファーストフード店の物と比較できないほど高いが、肉のボリュームと味がもの凄い――。ハンバーガーなんてどこで何を食べたって思い出に残らないと思っていたが、ここで瑠奈と二人で食べたことは、一生忘れないと思う……。


「あーあ、すみれが羨ましい。いつもお昼はこればっかりを食べてるんだわ」

「あのすみれさんが? 毎日これを?」

 ちょっと笑ってしまう。

 毎日これを食べていれば……たぶん、あのスタイルを保つのは難しいだろう。毎日一緒に食事をしたがる男社員は大勢いるのだろうが……。

 瑠奈はハンバーガーに大きく口を開けてかぶりついているが、すみれさんだったら、フォークとナイフで上品に食べそうだ。


 ……もし、瑠奈がすみれさんだったとしたら、僕は今みたいに両手でハンバーガーを掴んで食べているのだろうか……。

 綺麗な顔立ちで上品に食べる女子の前で、緊張せずに御飯なんて食べられないかもしれない。それどころか、会話すらままならないと思う。


 育ちが違うんだろうなあ……すみれさんって……。ちょっと憧れてしまう。


「……どうしたの? 食べきれないなら食べてあげるわよ」

「――いや、ぜんぜん食べられる」

 そっと近づいてきていた瑠奈の手から、僕の食べかけていたハンバーガーを遠ざけ、丁重にお断りをする。瑠奈の前には白い皿だけがあり、もうハンバーガーの姿はない。

「もう一個、注文する?」

「もうお腹いっぱいよ~」

 笑う瑠奈につられて、思わず笑ってしまった。

「さっき、僕の分まで食べようとしていたくせに」

「へへ。だって、残すのって勿体ないでしょ」

 小さく舌を出す悪戯っぽい仕草は……瑠奈っぽくて可愛い。



 腹ごなしに大阪の街をぶらぶらと歩いた。日曜日の繁華街は観光客が国籍を問わず大勢いて、歩道が渋滞を起こしている。手を繋いだ僕と瑠奈には朝の距離感はなく、自然にたわいのない話ができた。

 ひょっとすると、食べたハンバーガーが血流を全部お腹に集め、頭に余分な血液を送ることができないでいるのかもしれない。……って、考え過ぎだろうか。

「お昼食べると眠くなっちゃうね」

 隣で大きなあくびをされると、うつってしまう。 


「今年の花火大会は見た?」

「うん。仕事中に見たわ」

「そんな時間に仕事?」

 残業だったのだろうか……。


 花火大会とは、この辺りではどこからでも見えるPLの花火大会のことだ。入社した年には近くまで見に行き、空が燃え上がるような花火と、地を埋め尽くすような人混みにただただ驚かされた。電車や地下鉄は終電まで人が一杯で、乗れずに暗闇を歩いて帰った疲労感は今でも忘れない……。

 花火大会に男一人で出掛けるやるせなさ。もう、二度と行くものかと誓っていたが……瑠奈と二人なら……楽しいかもしれない。いや、絶対に楽しい。


「来年は一緒に見ようよ」

 ちょっと辛そうな瞳を見逃さなかった。まるで……そんな先のことまで分かるわけないわと言っているようだった。

「……見られたらね」

「つれないなあ」

 花火大会を一緒に楽しまないカップルなんて、いないだろう。瑠奈は少し頬っぺたを膨らましている。

「だって……仕事だもん」

「休んじゃえばいいじゃないか。その日だけ早く帰らせてもらうとか」

「休みなんて……ないわ」

 ……? 休みがない? そんなはずはないだろう。――労働規約に違反している。

「じゃあさあ、仕事している時に僕が来るよ。こっそり忍びこむ!」

「ダメよ! ダメダメ! 一般の人が入れない場所で仕事しているし、バレたら私がクビになっちゃうわ」

 一般の人が入れない場所って、どこのことだ? ……ビルの裏側?

「それに、高所恐怖症なんでしょ? ビルの屋上、強風が怖いわよ」

「――え、ビルの屋上だって」


 あの高いビルの屋上なんかで働いているのか……瑠奈は。

 思わずまたミクスカスを見上げていた。ここからでも十分にその高さが分かる。眩しくてまたクシャミをしてしまった。それを見てクスクス笑っている。

「ビルの屋上には点検や掃除しないといけないところがたくさんあるのよ。それに、展望デッキの窓だって綺麗に拭かないといけないし」

 ビルの窓拭きと聞いて、足がすくんだ。

「上から見下ろすと、地面にいる人や車なんて小っちゃいのよ~」

「ああ~、やめてくれ~」

「ここから落ちたらどうなるんだろう? って、考えちゃうよ~」

「ああ~、やめてくれ~」

 目がキラキラ輝いている。

「それでね、それでね、風がピューっと吹くとゴンドラがユッサユッサ揺れてね……」

「ストップ! 僕が高い所が怖いからって、わざと言ってるんだよね」

 またクスクス笑われた。


 やれやれ、仕事が好きなのはいいけれど、仕事中に会うことは到底できそうにもないなあ。



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