初デート
アパートを出ると、話しながら駅まで歩いた。二人で歩くのはあの日以来だが、今の方がずっと緊張してしまう。酔っていないからなのかもしれない。
ゆっくりと歩く僕と瑠奈の間には、少し距離がある。ひょっとすると僕達は不思議な関係なのかもしれない。
付き合おうと言われ、はいと答えたから二人は付き合っているはず。一緒のアパートから出てきたのを考えれば、それなりに二人の関係は進んでいるように見えるかもしれない。でも、手さえ繋げない。会話も少ない……。
お互いがお互いのことを殆ど知らないのだから仕方がない。
初々しいというよりはぎこちないカップルに見られているかもしれない。
瑠奈の背中には青色の小さなリュックが背負われ、歩くたびにキーホルダーがカシャカシャと音を立てる。たくさん付けられている金属製のキーホルダーの擦れる音……。まるで小学生のランドセルみたいだ。ちょっとカシャカシャ音が大きくて耳障りかもしれないが、瑠奈はぜんぜん気にしていない。
こういうところが、子供っぽくて……また可愛い。
何を話していいのか分からず、最近のニュースなどにも興味ない僕は、歩きながらついつい仕事の話をしたり、聞いたりしていた。
瑠奈も僕と同じように、仕事が忙しいのを知った。ミクスカスで何の仕事をしているのかと聞くと、清掃作業とだけ教えてくれた。
「すみれとか他の女子と違って大学とかを出てないと、制服を着てビルの中で働かせてくれないのよ。私だけ地味な作業着」
作業着……。僕もそうだ。
会社で支給される作業着を着て現場で汗だくになり仕事をしている。スーツなんて入社式の時に着ただけで、寮の部屋の奥にずっと吊るされたままだ。
次に袖を通すのはいつのことやらだ……。
「どこの会社でも一緒なんだな。うちの会社も学歴重視だからどんなに頑張っても評価なんてされないし……」
大きな会社に入ったら仕方のないことなのだろう。……別に行きたくて仕方なかった会社でもない。
「でも、私はそれでもいいの。高い所で働けるだけで嬉しいの」
本当に高い所が好きなんだなあ……瑠奈は。
「だったら、富士山とかも好きなの?」
登山女子なのかもしれない。
「そういう高さとは違うのよ。もっと足元がソワソワしちゃうような高い所が大好きなの」
「変わってるね」
そういって笑うと、
「……うん。……私って、少し変わっているの」
気温が上がり夏の眩しい空の下、少し表情が曇っていたことに、僕は気付きもしなかった……。
地下鉄に乗り一駅移動するとミクスカスはもう目の前だった。
遠くから見ても高いとは思っていたが、下から見上げるとより一層高さに驚かされる。
見上げても頂上が見えない。雲の上まで伸びているのではないだろうか。
「すっげー高いなあ」
見上げていると、眩しくてクシャミが出てしまった。瑠奈は隣でクスクス笑っている。眩しくてクシャミが出るのは僕だけじゃないハズだ。どうして瑠奈は平気なんだ?
「早く行こ!」
すっと瑠奈の手が伸びてきて、僕の手を取った。
温かくて柔らかい女の子の手にドキッとした。
初めて手を繋いだ……。
こんなことでさえ僕はドキドキしてしまうなんて……。
瑠奈も……同じようにドキドキしているのだろうか……。
手を繋いだままビルに入ると、空調の効いた涼しいロビーには大勢の人がいた。
休日のミクスカスはちょっとした観光名所で、エレベーターの前には長蛇の列ができている。
瑠奈は僕と一緒にいるところをミクスカスで働いている友達や知り合いに見られても平気なのだろうか。決して今日の僕の服装は格好いいとは言えない。
ジーンズに黒のTシャツ。バックも何も持たない主義だから、財布もスマホもズボンのポケットに入れている。ハンカチなんかも持っていない。
まあ、瑠奈の服装も……同じようにジーンズに白Tシャツ姿だから……釣り合いは取れているのかもしれないな。
今日の受付嬢は、すみれさんじゃなかった。見ず知らずの女性が少し短めの派手な制服を着て笑顔を振りまいている。
すみれさんの方が……美人だ。残念なようで、なぜか少しホッとした。




