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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
古代編
2/51

井戸の水が飲みたくて


 豊富な水量を誇るエーロ川だが、その水は常に茶色に濁り、口にすれば数日にわたり嘔吐、吐き気を伴い、最悪の場合……下痢に至る。

 建造中の宮殿やピラミッドに囲まれたところにある小さな広場には、今日も大勢の奴隷が列を作らされていた。


 猛暑のせいで俺達奴隷に与えられる水は、まさに死ぬか生きるかの瀬戸際といった少量だった。手酌に一杯だけ井戸の水を受け取ると、喉を鳴らしてそれを飲み、汚れた手を舐める。一滴たりとも無駄にはできない。

「次!」

 鞭と黒曜石のナイフを身に付けた大きな男が列を作った奴隷の前に立ち、木の柄杓で今にも枯れそうな井戸水を奴隷に一人一杯だけ……。列の後ろの方だったら、水は貰えなかっただろう。


 奴隷は誰も歯向かわない。歯向かえば何度も鞭で打たれるどころか、他の奴隷も水が貰えなくなるからだ。

 だから新しい奴隷が入ってくると大変だ……。よせばいいのに騒ぐわ暴れるわで、周りの奴隷が迷惑することをまったく知らないからだ。


「これだけの水じゃ、俺達は死んでしまう――!」

 連れてこられて間もない奴隷が文句を言う。見て見ぬふりをして俺はその場を後にする。

「黙らんか!」

 鞭が唸りを上げると、新人奴隷は短い悲鳴を上げた。

「ヒギャー!」

 背中に大きな赤いアザを作り、うずくまるのを周りの奴隷たちは青い顔で見ているだけだ。

「貴様ら奴隷が何人死のうと知ったことか! 今日はもう水抜きじゃ~! バーカ」

「「え~、ブーブー」」

 ブーイングが広場に響き渡ると、大男はまた鞭で地を打った。


 ――ビシッ!

 静寂が走る。鞭の痛みを喜ぶようなマゾな奴隷は……いない。


「水の代わりにワシの鞭が欲しい奴は前に出ろ!」

 大男は鞭を構えてニヤニヤしている。

「……いらないよ、そんなもん。鞭なんて貰っても食べられない」

「そうそう。鞭なんて貰ったって、なんの役にもたたないよ」

「……」

 長い奴隷の列はため息と共に解散していくと、一人残された大男は井戸に木製の蓋をし、鎖でグルグル巻きにした。明日にはまた少しだけ水が溜まるだろう。


 ……俺は水が飲めてラッキーだった。

 水が飲めなかった者は……明日の朝を迎えられないかもしれない……。



 疲労困憊の状態で倒れ込むように横になった石畳は、日中の灼熱を帯びてまだ熱かった。太陽はようやく西の地平線へとその赤い姿を隠そうとしている。夕焼けで陽炎ができる砂漠の地には、奴隷が何百年にもわたり作り続けてきた大きな四角い王族の墓が並んでいた。


 なぜこんなバカげた物を作るために、俺達は生かされているのだろうか。――まったく意味不明(いみふ)だ――。

 先ほどまで潤っていた口の中は、もうカラカラに乾いている。汗も涙も出ない。食べる物など何もない。以前は隆起していた筋肉も、今では骨と皮だけに痩せ細っている。


 支配された土地から次々と運ばれてくる奴隷達は、使い捨ての働き蟻のようなものだ。戦に負けた小国の哀れな末路……。

 男は肉体労働で大きな石を永遠に運び続ける日々。女は宮殿へと連れていかれ……なにをさせられているのだろうか……。ひょっとして、女も肉体労働? 不埒な想像をするが、もう精根尽き果てた俺は、立ち上がることすらできない。

 立ち上がることすらない……。トホホだ。


 ピラミッドの中央にあるのは王族が住む王都。奴隷は立ち入ることすら禁止されている。

 磨かれた石で作られた宮殿が建ち並び、その中でも一番大きな大宮殿内で働く者は、ほとんど女性と聞いたことがある。

 ……流行りのハーレム状態らしい。王族だけがチートしやがって……クソッ。


 次に生まれた時には、俺だってハーレム生活がしたい……いや、そんな贅沢は言わない。一人の女性に恵まれて、自分の家族を持てる環境に生まれたい。他の部族との争いに怯えることのない、真のリア充になりたい……。

 足の指の隙間に付いた砂を払うと、ゆっくり目を閉じた。



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