再びアパートの部屋へ
少し早く着いてしまいそうだ。
電車の時刻はスマホでしっかり調べていた。だが、早く着きたいと思うあまり、僕は一時間以上も早く駅に辿り着いていた。近くの店舗もまだシャッターが殆どしまっており、時間を潰す場所も見当たらない。
歩いて三十分かかるのを見越しても……瑠奈の部屋に九時には辿り着いてしまう。
ゆっくり歩こうとしても……ああ、駄目だ。足が勝手に早く辿り着こうとしてしまう~。
落ち着け。落ち着くんだ。まだ朝だ――。
いや、それよりも、この前みたいに瑠奈を怒らせてしまってはいけない。
何が瑠奈を急に怒らせたのか、色々と考えながら歩く。
……あの日、怒らせた原因。酔って帰るときのことを僕がペラペラ話したせいだ。何故だか分からないが、あれから急に不機嫌になった。
……まるで何かに怯えるように。
だから僕は、あの日の夜のことはもう二度と話さない。口ずさんでいた鼻歌のことも話してはいけない。もし知らずに口ずさんでいたとしても、聞こえないフリをしてスルーだ。絶対に……。
きっかり一時間前に僕は瑠奈のアパートの扉の前に来てしまった。扉の前で一時間もうろうろしていれば不審者扱いされてしまうだろう。
怒られるかもしれないが、部屋の呼び鈴ボタンを押した。
ピーポー。
安っぽいブザー音がすると、扉の向こうから物音が聞こえ、ガコッとロックを外してゆっくりと扉が開いた。
「おはよう、ごめん、ちょっと早過ぎたかなあ」
「……おはよう」
クシャッとした髪と寝起きの顔を扉の端からひょっこりと見せる。女の子は準備に時間が掛かると聞いていたから、てっきりもう起きているものと思っていたのだが、
「ま、まだパジャマだったの」
パジャマ姿の瑠奈から思わず目を逸らしてしまう。一番上のボタンが留められていない胸元が、見てはいけないほど無防備だ。
「……うん。昨日、仕事だったから」
「外で待っていようか?」
「ううん。上がって待ってて」
部屋の中に入ると、瑠奈は扉を閉めて鍵とロックをガコッと掛けた。
ベッドの横の空いたスペースに座った僕は、そわそわしていた。瑠奈がベッドの上で急にパジャマを脱ぎ、着替え始めたのだ。
慌てて目を逸らして反対を向いて座り直す。こっちが恥ずかしくなるじゃないか――。クスクスと笑い声が聞こえる。
「付き合ってるんだから、見られても平気だよ」
……じゃ、じゃあ、遠慮なく。
振り向いた時には、既にジーンズとTシャツに着替え終えていた……。もう少し早く言って欲しかった……。グスン。
小さな鏡と化粧品が入ったポーチを枕の上に置くと、鏡を覗き込むように化粧を始める。
ペタンと女の子座りをしているのが可愛いのだが、化粧するところを見られても平気なのだろうか。頬っぺたにパタパタと肌色のはんぺんのような物で色を付けて、短い色鉛筆のような物で眉毛を書き足す。まつ毛をギュッギュッと洗濯バサミのような物で挟み、少しカールさせると、化粧品をポーチへ仕舞って片付ける。五分も掛かっていない。
こっちを向いてニコッと笑うと、さっきまでのほんわかしたイメージとは別人のように綺麗になっていた。
この間の飲み会の時よりも女の子感があり、思わず照れてしまう――。
「化粧の仕方、すみれに教えてもらったんだ」
「すみれ……さん?」
飲み会に来ていたすみれさんのことだろう。
一番綺麗だったからよく覚えている。でも……呼び捨て?
「すみれさんって、年上なんじゃないの?」
有名な大学を出ているから、僕達よりも二歳は年上のはずだ。
「私の方が先に働いているんだから先輩よ」
……そこは譲れないってことなのだろう。
ちょっと頬っぺたを膨らませているところが、たまらなく可愛い……。