デートの約束
ちょっと不思議ちゃんっていうのだろうか。そんなところに惹かれたのかもしれない。
まるで、月の引力みたいに……。
部屋に戻ると大きく一度深呼吸をして「望月瑠奈」をスマホの連絡先から選択し、「通話」をタッチした。
メッセージやメールなどは使えない受信専用の会社用携帯……。
トゥルルル、トゥルルル――。
もし出ずに留守番電話になったら、何て伝言を残せばいいのだろうか不安がよぎる。
昨日はありがとう。また会わない……とか?
うわー、緊張して持っているスマホが震える。もっと話す事をしっかり考えてから連絡すればよかった――。
文字を打つよりも、何十倍も緊張する。これが、プレッシャー!
トゥルルル、トゥルルル――。
出て欲しい。いや、出ないで欲しい。よくよく考えてみると、瑠奈は僕の番号を知らない。悪戯電話だと勘違いされても仕方ないのかもしれない~!
トゥルルル、トゥルルル――。
六回目のコールで切ろうとしたとき、急にコール音が止まり、
『もしもし』
小さな声で、それだけが聞こえた。
――繋がった! 繋がってしまった――!
「も、もしもし。あの、僕……古河ですけど、望月瑠奈さんのお宅でしょうか……」
お宅って……なんだ?
――僕はいったいどうしてしまったんだ。いったい何を喋ったらいいんだ――。
『……瑠奈でいいよって言ったよね』
クスクスと小さく笑う声が聞こえると、心の中のわだかまりが一気に解き放たれたように温かくなった。今朝のように怒ってない――。
「あの……。昨日は、泊めてくれてありがとう。お礼も何も言ってなかったから、その……」
『ううん。私の方こそ、先に寝ちゃったりしてゴメンね』
あれ、なんだろう。この自然な流れの会話。――ナチュラルトーク! ひょっとして、僕って、女の子の部屋に一泊して、恋愛能力が超覚醒してしまったのだろうか――!
「その、お礼というか、お詫びというか……、今度、またデートして貰えませんか……。御飯、奢るから……」
言ってからつくづく後悔する――。奢りと言えばいつでも来る噂を利用しようとしている――。
『え? 奢り? じゃあ行く!』
うわあ、単純に食い付いてきた――。ワザと冗談で言っているのだろうが……それが面白くて、僕も笑ってしまった。
『あ、笑ったわね? 言っとくけど、私は奢りって言われたら誰にでも付いて行くような軽い女じゃないんだからね!』
「ははは、説得力がないなあ」
『文昭君だけなんだからね』
――ドキッとした。僕のことを好きだと確信してしまいそうな一言に……。
「あ、ああ。ありがとう。じゃあ、来週の土曜日は空いている?」
『……土曜日は仕事が忙しいの』
世間一般が休みの日も仕事をしているのか……。
「じゃあ、日曜日は……」
『……うん。日曜なら大丈夫よ』
やったと拳を握り、小さくガッツポーズをする。
『どこに行きたいの?』
――!
まったくノープランだった……。
「えっと……じゃあ……」
人混みの多いところは苦手だ。USJや海遊館などで行列を見ると、せっかくの楽しい時間を待ち時間に取られてしまい、勿体ない気がするのは僕だけではないはずだ。
『じゃあさあ、ミクスカスの展望台に行く? エレベーターの割引チケットがあるよ』
「ミクスカス?」
瑠奈の働いている超高層ビルか……。
せっかくの休みの日にも自分の職場へ行きたいものだろうか……。僕だったら考えられない愛社主義だ。もし僕が働いている職場を見に行きたいとか言われたら……嫌だと言って断るだろう。
瑠奈にとって大阪の一等地にそびえる高層ビル『ミクスカス』で働いていることは、誇りなのかもしれない。
『私、高い所が大っ好きなの。ずっといてもいいくらい落ち着くんだ』
楽しそうに話す瑠奈の声に、安らぎを感じてしまう。今朝、「カエレ!」と連呼されたのが嘘のようだ。
「じゃあそうしようか。どこで待ち合わせる?」
『うーん。私、朝は弱いから、来てくれると助かるなあ』
「車とかって、持ってないよ」
『そうじゃないの。うちだったら、もし私が寝坊しても待ち合わせ場所に遅れないでしょ』
そりゃそうだ。寝坊しているところが待ち合わせ場所なのだから……。思わずプッと吹出してしまった。
『あ、また笑ったでしょ!』
「ごめん、瑠奈が迷惑じゃなかったらそれでいいよ」
瑠奈の住むアパートは、スマホの地図に▼印を付けている。ミクスカスがある地下鉄の駅から一つ隣の駅で、そこから歩いて三十分くらいだった。
駅から歩きだとちょっと遠いんだけど、今の僕には目と鼻の先って距離だ――。
「じゃあ、十時頃でいいかな?」
『――え! ええ、いいわよ。もしまだ寝ていたらドアをドンドン叩いて』
「ハハハ、本当に瑠奈は寝坊助さんだな」
『朝は弱いのよ。じゃあ、楽しみにしているね』
「ああ、それじゃ」
『バイバーイ』
携帯を手にして手を小さく振る瑠奈の姿が思い浮かんだ。
たった一度しか会っていないのに、何年も一緒にいたかのような親近感を覚えた。
きっと僕達って相性がいいんだ――。昨日、瑠奈が口ずさんでいた歌までもが……懐かしいように頭から離れなかった。
ホワニタマニタ~か……。