ゴム
「お前ら、二人でこっそりドロンしただろ。ヘッヘッヘ、昨日はご機嫌だったのか?」
日曜日の夕方、寮の食堂で夕食を食べていると、野神さんも自分のトレーを持って来て、空いていた僕の前の席へ座った。
「ドロンって……プロペラが四つくらい付いていて、空から動画撮ったりできるやつですか?」
「そうそう。ラジコンヘリみたいにブーンって飛んでって――オイ! それはドローンだろ!」
ちゃんと乗り突っ込みしてくれる。
……やっぱり言うべきだろうか……今朝の出来事。
「朝帰りとは、お前もとうとう、やることはやったってわけだ」
「……」
同じ寮に住んでいるので、夜に帰ってこなかったことはバレているみたいだ。僕の居ない間に一度部屋に来たのだろう。
「……いえ……。泊ったんですけど、何もなかったです」
「はあ? 泊ったのに何もなかっただと。そんな訳ないだろ」
そんな訳ない……。僕もそう思いたかったが、本当に何もなかったのだ。
「二人とも酔って寝ちゃって、起きてもそのまんまの姿でした」
「じゃあ、ひょっとして、チューもしてないのか?」
チューっという時の先輩の口元を見ていると……ハラが立つのと恥ずかしさにイラっとしてしまう。
……寝ている隙に、キスぐらい済ましておけばよかったか……?
「で、次は二人っきりでデートの約束とかはしたのか?」
「……いいえ。ぜんぜん」
不思議そうな顔をする。先輩には理解できないだろう。僕だってあの時の瑠奈の変わりようをまだ理解しきれていない。
「連絡先は聞いたんだろ?」
「一応。でも……連絡していません」
「なんでだ?」
なんでって……。
「……急に「帰って!」と言われて……」
カエレカエレと連呼されたとは……さすがに言いづらい。
「お前――まさか無理やり押し倒したりとかしてねーよな!」
先輩の口から御飯粒やエビフライの尻尾が飛び散ってくる――。
「するわけないでしょ!」
頬っぺたに付いた御飯粒を取り、先輩のトレーへと返すと、先輩も顔に付いた御飯粒を僕のトレーへとねじ付ける。僕の口からも多少御飯粒が飛んでいた。
「だよなあ。お前みたいな草食系男子にそんな勇気ないよな」
「それは勇気じゃないですよ。一歩間違えたら犯罪です」
落ち着きを取り戻し、エビフライにかぶりつく。サクサクに上げられたエビフライは尻尾まで美味しい。
「バカだなあ。だからお前はいつまで経っても彼女が一人もできないんだよ」
「え? どういう意味ですか」
犯罪者になれというのだろうか。
「連絡先は教えてくれたんだろ。酔っていたとはいえ、泊っても追い出されなかったんだろ」
「……一応」
「だったら、待ってたってことじゃないか。女の方からなかなか言いにくいんだぜ。お前、二次元に慣れすぎて、三次元とコミュニケーション取れないんじゃないか?」
待ってた? それに、言いにくい? いや……そんな雰囲気じゃなかったと思う。先に眠っていた。狸寝入りでもなかった。爆睡してた。
それに、僕はコミュ障じゃない。……たぶん。
「一発させて貰えなくても、一泊させてもらったんだから直ぐにでも礼の連絡をするってのが常識だぜ」
そんな常識、初めて耳にする。……でも、言われてみれば確かに、一晩泊めてもらったお礼をするのは当然かもしれない。
ただ……。
「好きなんだろ?」
「……え?」
ストレートに聞かれ……「はい」とは答えられなかった。
まだ彼女のことは殆ど知らない。話だってほとんどしていない。好きか嫌いかなんて……分からない。
「……たぶん……」
「はあ~」
ゴソゴソと野神さんがズボンのポケットの中から、小さくて薄い四角い物を取り出して、テーブルに置いた。
「これを先に渡しておいたらよかったか」
薄さ0.02mmと書かれたそれは――!
ゴムじゃないか!
本名はコンドーム――!
――大人のゴムフーセン――!?
「これを財布に入れておいて、店でお金を払う度にチラチラ見せてやればイチコロさ」
……ちょっと、何言ってんだか分かんない……。
「彼女もきっと待ってるはずだぜ。早く連絡してやれよ」
食べ終わたトレーを持ち上げると、先に席を立ち、行ってしまった。
――待っているだって? 僕のことを? そんなはずないじゃないか……。
……っていうか、部屋着のズボンに、なんでこんなものを入れていたのか……僕には理解できない~。
カメレオンが標的を長い舌で捉えるように……そのコンドームをテーブルの上から手早くズボンのポケットへと仕舞った。