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月落とし  作者: 矮鶏ぽろ
現代編
16/51

融通なんて――できない


 日曜日のJR大阪駅は観光客やたくさんの人で賑わっており、足早な動きには平日にはない生き生きとしたエネルギーを感じる。

 その活気に中てられることなく、僕はトボトボと二日酔いの重い足取りで帰路へと就いていた。

 見上げるとクシャミが出そうなくらい高いビルが建ち並び、屋上に設置された二本のポールから窓拭き用のゴンドラが吊り下げられている。残暑の厳しいなか、ヘルメットを被った人が黒いワイパーを持って窓拭きをしていた。

 僕も明日からはまた、テストプラントの前でヘルメットを被って同じように汗を掻いて働かなくてはならない……考えるだけで汗が滲んでしまう。



 会社の男子寮に辿り着いたのは、昼過ぎだった。

 寮の昼食時間は一時半までなので、もう間に合わない。部屋に買い置きしてある大盛りカップ焼きそばに、湯沸かしポットのお湯を入れて食べようとしたとき、スマホが鳴った。


 ――ひょっとして、瑠奈?


 スマホの画面を見るが、さっき登録した「望月瑠奈」ではなく、「親父」の二文字にガッカリしてしまった。

「……もしもし」

『ああ、文昭か。お父さんだ』

 無料通話アプリで海外から掛けてくる電波は、後ろからザーッという雑音と、喋った後の数秒間の時間差が煩わしい。自分の話した声まで小さく聞こえてくる。

「なんの用だよ」

『別に大した用事じゃないんだ。文昭が元気にしているか気になっただけだ。仕事ははかどっているか』

「入社してまだ二年しか経ってないんだから、はかどるわけないだろ」

 来る日も来る日も、言われた仕事を嫌々やっているだけさ。

『ハハハ、そうか、そうだろうなあ』

 そうだろうなと言われると、それはそれでハラが立つが――。

『いやあ、その……もし生活に余裕があるのなら、ちょっと融通してもらおうか~と母さんと話していたところだ』

「……切るぞ」

 通話のことではない。親子の縁のことだ。


 ――子供の稼ぎまであてにして海外旅行するなんて――。なんてバカ親だ!


『冗談だ冗談! お父さんとお母さんはエジプト文明の調査が長引き、まだしばらく日本に帰れそうにないから、それを言っておこうと思っただけさ』

 ……ぜんぜん冗談に聞こえなかったぞ。それに、なにがエジプト文明の調査だ――大学教授の下働きのクセに。

 ――エジプトで奴隷のように働かされているだけのクセに――。

『エジプト文明の起源が地の奥深くに眠っている可能性が出てきたんだ! これは大発見だぞ!』

「興味ないよ、昔の文明なんか――」

『……あっそう』

 ちょっとつまらなさそうな返事だった。親父の人生を全否定してしまったのだろうか。


『……なにか、そっちは変わったことはなかったか?』

「ああ……。別に……」

 昨日出会った彼女のことなんか、親に話す必要はない……のだが……。

「……なあ親父、もし月が地球に落ちてくると……どうなるんだ。やっぱ、大洪水とか大地震とかが起きて、大変なことになるのか?」

 酔った時に聞いた瑠奈の話を思い出していた。確か……新たな文明を築き上げるとか言っていた。

『ハッハッハ。文昭は勉強不足だなあ』

 ――バーロー! 誰のせいで勉強不足になったと思っていやがる――!

「うるせー。じゃあな、切るぞ」

 無料通話であっても、無駄な話をダラダラと続ける必要はない。


『すまんすまん。月が地球に落ちてきたら、地球は爆発するだろうな』


 ――!

「爆発する?」

 それこそ、冗談だろ?

『ああ。運がよければ爆発は免れるかもしれないが、地表は全てマグマ状のドロドロになって、海も地面もあったものじゃない。なんせ月は地球の四分の一の大きさだぞ? 隕石や小惑星なんかとは質量だって桁が違う。一貫の終わりさ』

 一貫の……終わり。


 小さい頃、回転寿司で……大トロ一貫を手にして母親に睨まれたのを思い出した……。


『エジプト文明でも月にまつわることが記された石碑は数多く見つけられている。昔から月は夜空に浮かぶ不吉な存在と位置付けられていたみたいだな』 

 ……不吉な存在か……。

 だから親父はそれをエジプトで調査している……わけはないか。

『ハハハ、まあ安心しろ。月は少しずつだが地球から離れていってるんだ』

「離れてる? どれくらい」

『毎年数センチ』

 がっくりくる。地球と月との距離で数センチって……いったいどれほどのものだというのだ。

『地球や月の質量が変わったりしない限り、月が落ちてくることなんてありえないのさ。だからそんなこと心配せずに頑張って働いて、……お父さん達を楽させてくれ』


 ……。


『じゃあな。また帰れる日が決まったら連絡するからな』

「あ、ああ」

 通話が切れた。


 別に……僕の家族は仲が悪いというわけではない。離れ離れが普通になり過ぎて……家族間の意思疎通ができていないだけなんだ。


 お父さんもお母さんも生き生きと仕事をしている。生活は裕福ではないけれど、両親が歴史調査で海外にいるのは……少し誇りに思っていた。


 ……少しだけだ。ほんの少しだけだ。



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