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ドアが開かない。

作者: 清水野 凪

 グオオオオオオオン。早朝、謎のサイレンの音に目が覚めた。その爆音は、周囲にその音の大きさを誇示するようであり、暫く止むことはなかった。この音は何なのだという驚きと、心地良い眠りを阻害されたことへの憤りを感じた。実に不愉快な目覚めであった。

「朝からなんだよコノヤロウ」

 そう、口から漏れ出てしまった。しかし、冷静に考えてみれば、近辺の球場で野球が始まったのかもしれないと思った。徒歩10分以内の圏内にその球場はあり、その球場で誰かが野球を楽しんでいるのだ、と。球場で野球をやっているのは小学生かな、はたまた、休日を謳歌する中年のおじさんたちかな、などと想像すると、自然に笑みがこぼれた。自分以外の人間が生きている心地がした。そして、そんな頃には、もうすっかりそんな憤りは忘れてしまっている始末であった。

 そんなことを思案している内に、もう一度寝る気も失せ、いつもの様に布団から身を起こすことにした。畳の感触を足で感じ、伸びをすると、自然に欠伸が出た。気持ちが良い。窓から空を見上げれば、あまりよく見えなかったが、おおよそ晴れていることが窺える、そんな具合であった。

 いよいよ眠気も何処かへ行ってしまったため、私は私の寝ていた形跡を残す布団を畳むことにした。昨日までベッドで床に就いていたが、地べたに布団を敷いて寝るというのも、案外悪くないものだなと思い、不慣れに布団を畳み終わった。さて、モーニングコーヒーでも飲んでから、読み余している本でも読もう、と思い立った。そう、今日は休日なのだから。

 朝の気持ちよさに、気も緩み、鼻歌交じりでドアの目の前まで歩き、いつもの様にドアに手を掛け、ドアノブを捻り、押し出した。筈だった。脳内では開いている筈であったドアが、現実ではそこから動くことなく、仁王立ちをしているか如く堅固にそこにあった。理解が追い付かない。認識してから、思考、行動の余地なくドアに頭をぶつけた。

「痛ってえ!」

男の虚しい叫びと、金属音が周りに響く。私は暫く混乱し、この状況を把握することができなかった。

 漸く正気に戻り、冷静に考えてみると、ドアを押し出すことに失敗したのである。ただそれだけであった。それでも、私は言い表せないような敗北感に打ちひしがれていた。しかし、何故だ、ドアを開けるという行為は365日欠かさなかったし、手が滑った訳でもなかった。

 冷静になってくると、だんだんと忘れかけていた憤りが、痛みと共に再燃するのを感じた。トライアゲイン。もう一度ドアに手を掛け捻った。が、

「あれ、開かない」

何故か押し出せず、ドアが開かないのだ。憤りはだんだんと焦燥に変わっていった。何度も何度もドアを開けようとした。しかし、やはり、そのドアは動くことはなかった。

「ドアが開かないなんて、ある筈が無い!」

だんだんドアが冷徹で無機質なものに見えてき、恐怖すら感じる。何が起きているのだ。いくら考えたところで、腑に落ちる結論は無く、堂々巡りであった。

 いつもと変わらぬ日常に、たった一つドアが開かないという変化が生じただけで、私の心はこんなにも揺れ動かされる。人間というものは脆弱なものだと痛感した。

 絶望に悶えていると、突然何の予兆もなく、ギーっと音が鳴り、堅固そうなドアが重たく開いた。正確には、向こう側からドアが開けられた。待てよ、おかしい、私は一人暮らしであった筈だ。混乱する暇なく、一瞬にして男は身構えた。

「新人何をしている、仕事だ。」

扉の向こうから現れた、警官が堅実な声で言った。

 男は我に返り、人を刺した右手の感触を思い出した。


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