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smile  作者: 平 松男
6/6

6話


『私は、その子を一対一でギャフンと言わせたいんです。どうしたらいいと思いますか?』


 近頃の中学生っていうのは皆こうも好戦的なのか、福内晴海が特別なのか。

 いや、と(かぶり)を振ってその二択を打ち消す。こんなもの考えるまでもない、答えは一択、福内晴海だからに決まっている。


 誰を見てこう育ってしまったのかと考えたら、それはおそらく母親だろうと結論が浮かんでくる。ではその母親に一番影響を与えたのは誰なのか。昔から友達であるという我が自慢の母ではないのか。


 こうなるともう、そんな答えに行き着くような気はしていた。何なんだお前は。身内も身内、間違うことなく一親等をこう言いたくはないが、全ての元凶である気がしてならない。まるで行くところ行くところで事件が起きてしまう、見た目は子供で頭脳が大人の人なのか、母さんよ。


 だが。別に俺は乗り掛かった舟だから中途半端に降りられない、なんて性格ではない。けれど、前回の成功、と思ってしまう手応えがまだ胸の中に残っていたせいだろう。それこそ前回ほどのプレッシャーを感じることなく、ペン回しなんてしながら俺は白いノートと睨めっこしていた。まったく、アナログの時計と言いこの部屋には相手が多すぎる。勝ちも負けもつかないのにな。


 一週間ほど前の俺ならば今、鉛筆を走らせているこの動きだって徒労の一言で片付けていた。というかしっかりと、頭の片隅で蛙の姿をしたもう一人の俺がゲコゲコと喚いている、 無駄なこたぁやめとけと。


 開き直りと言うべきなんだろう。忍者もどきにして全ての元凶、その正体は俺の母さんの掌にいるという実感が、却って俺を突き動かしていた。


 母さんのことだ、一筋縄じゃ捕まえられないようなサインかもしれないが、きっといいタイミングでバラしてくれるはずだ。悪巧みとも悪ふざけとも言えるこの替え玉作戦だが、悪という文字さえ付けば母さんの右腕に敵うヤツなんていないだろう。


 そんな御方の下に産まれてしまったと考えたら俺は運命を呪う。

 だが、そんな星の下に産まれたんだと思えば悪い気もしない。なんせ今の俺は、相手が人間でなければ大体友達になれる気でいるからな。運命という名であろうとそれが星なら、きっと流れ星と大差もないさ。


 心なしか前回よりも悩まずにノートを黒く汚して、母さんに渡す。心なしか、いや、もはや心なせていないんだが前回よりもニヤニヤしているのは気のせいか、そうでなかったら悪い病気にでもかかったんだろう。お気の毒に。


 そしてまた、福内晴海と並んで歩く。夜空には星が瞬いていて、たくさんの友達に見守られている気分は案外悪くない。やたら好戦的な友達候補と歩かなきゃならないんだ、気分だけ味わったって誰に咎められることもないだろう。


 話題は自然と、軽口から福内晴海の置かれている状況に移っていった。


「古市さんならどうしますか?」

「まあ、俺なら後ろからドロップキックでもかましたあとにマウントポジションを取ってだな」

「できもしないことを得意気に語るのは痛々しいのでやめた方がいいですよ。と、私は心配してあげます」

「この際馬鹿にしているとはっきり言ってくれ」

「心配って言葉を使った方が優しく感じられませんか?」

「裏に込めた意味の影が大きすぎて見えてるんだよ!」

「視力は良かったんですね、すみません、古市さんのことを見くびっていました」

「急に素直になったのに腹立たしいだと!?」

「ところで視力だけは良い古市さん、さっきの質問ですけど」

「視力を強調するな視力を!」


 俺も福内晴海も、止まりそうなほど遅く歩いている。八割が無駄な会話になると前回学んだことをよく実践しているな、感心だ。俺は馬鹿は嫌いだからな。


「私は、どうしたらいいと思いますか?」


 さっきの質問と言っておいて、俺ならどうするではなく私はと来たか。最初からそう聞いていれば茶化すつもりもなかったが、一日ぶりの母さん以外の人間との会話に浮かれてしまったのは俺に非がある。すまない、楽しかったんだ。


「……目の敵になるしかないだろう、福内さんが、その子の」

「驚きました、先生と同じことを言うんですね、古市さんは」

「センセイも古市だからな、おかしいことはないだろう」

「もっと喜んでいいんですよ、最後に私を驚かせたんですから」

「今のが最初で最後なのかよ!」


 正直迷ったんだ、なんせ自分で書いたノートの台詞をそのまま言ったんだからな。

 バレないでよかった。素直な俺は素直にそう思う。こんな調子でいいんなら、思ったよりも楽に続けられるのかもしれないな。


「でも、そうですか……先生もそう言ってましたし、参考にしてあげます。あ、でも、仮にそれで上手くいっても先生のお陰ですからね!」

「別に、福内さんの気が済むんなら何でもいいさ。センセイのお陰でも、神様のお陰でも」

「私はいるかどうかもわからない神様なんか頼りません」

「そう言うな、あれで意外と繊細なんだ」

「……まるで友達みたいな言い草ですね、さすが古市さん、とうとう手の届かない場所に行ってしまいましたか」

「まるで救いようがないみたいに言うな!」


 何を中学生と戯れているんだと、自分でも思う。


 けれど、どうしたって楽しいと感じてしまう。やはりそれは蛙や流れ星ではあり得ない、純粋に言葉を交わす趣というものなんだろう。


 たっぷりと時間を掛けて歩いて、やっと福内晴海の家に着く。名残惜しい気もするが、それでいいんだとも思う。


 だって俺は、延々と会話を楽しんだことなんてないから。終わりがあるとわかっていることの方がこれでいいんだと安心できるんだ。いつか、どこまでもいつまでも、続いてほしいと願える何かが現れるんなら、それはたぶんと友情という形をしてるんだろう。


「じゃあ、また」

「はい、ありがとうございました!」

「あ、福内さん」

「なんですか古市さん」


 別れの挨拶に添えて、ほんの一匙の励まし。


「お前なら、頑張れる。俺は信じてる」


 果たしてスプーン一杯にも満たないかもしれない俺の言葉は、福内晴海という入れ物にちゃんと混ざっただろうか。


 でもそんな疑問に、答え合わせなんて必要ないだろう。俺は詩人でもあるから、こんな星の綺麗な夜はそういうもんだということにしておく。



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