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smile  作者: 平 松男
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1話

よろしくお願いします。


 ふくうちはるみ。

 ふるいちひろみ。


 「ふ」で始まって「ち」を挟んで「み」で終わる。ついでに言うと「み」で終わる前に、子音こそ違えどら行を経る。


 要するに似てるんだ、俺――古市博巳とあいつ――福内晴海は。つっても名前だけ。


 まず性別が違う。俺はひろみなんて読みの名前だがれっきとした男で、向こうは女。


 次に年齢が違う。俺は高校三年生、向こうは中学一年生。


 最後にタイプが違う。キャラクターのタイプっていうか、あれだな、どんな人間かって話だ。知ってるか? 英和辞典でキャラクターって引くと性格って載ってるんだ。そう、つまりはそういうことだ。


 俺はだいたい、何事においても無気力・無関心・無感動。自分で言うのもなんだが、琴線のハードルはかなり高い方で、簡単に説明すると一目見て、あ、こいつやる気なさそうだなって思ってくれればほぼ正解。そんなもの尻に火がつきゃ勝手に出るんだ、自発的に出すもんじゃないというのが俺の解釈。


 対してこの中学生、俺の見たところ、最も俺と相容れないタイプ。無駄に熱心でときにがむしゃらで、なんつーか、未知の喜びを求めてさ迷うことに苦痛を感じないタイプ。そんなもの、徒労の一言で片が尽くというのに。


 そんな俺たちが何故知り合ったのか、それはひとえにバカ親の仕業である。


 俺の母親は自宅の一室で小さな私塾を開いていて、福内はそこの生徒だ。そこまではいい。何の問題もないし、バカ親の物好きが隣近所のガキ共の学力向上に繋がるのならもっとやってくれてもいい。バカは嫌いなんだ俺は。


 が、バカ親のバカたる所以はここからで、昔から知り合いだという福内さん家の娘さん、つまりは件の中学生を専ら贔屓にし出した。「福内さんのとこの」だの「晴海ちゃんがね」だのと、やたらと会話に名前が出てきたところで聡明を自負している俺はやっと気付いた。


 そして、とうとう所以が爆発したのが、以下の一言。


「あんた、晴海ちゃんと名前が似てるんだし、仲良くしてやってよ」


 なんの義理があって俺がどこぞの中学生と仲良くしなければいけないのか、このとき聡明な俺ですら理解できなかった。


 名前が似てるというだけで仲良くできるのなら、中学のとき不良グループを仕切っていた吉田さんに目を付けられることもなかったし、小学校卒業と同時に引っ越していった三軒隣の平井さんなんて婚約者だったのかもしれない。


「拒否権を行使する」


 俺の回答は瞭然(りょうぜん)だった。少なくとも死角なんてなかったし、論破される糸口なんて用意したつもりもなかった。


「来月から小遣いゼロにされても?」


 本当に、大人というのは汚いと思う。


 どんな角度から見ようと、たとえ電子顕微鏡を用いようと隙のない模範生を気取っている俺に、校則を侵してまでバイトに勤しむ気なんてなかったし、そもそも高三と言えば受験勉強に打ち込まなければならず、もはや俺に選択の余地はなかった。よくも平気な顔で出来レースなんてできるものだ。


 幸か不幸かこの親の息子として十八年も過ごしてきた俺は成績抜群、明瞭な頭脳を持っていたから、この一言で現状は理解した。同時に俺が今からすべきなのは交渉なんだということも。


 不利な手駒で神経衰弱を切るように、俺は言葉を選んで臨んだ。もしも俺が平均寿命まで生きられそうになかったら、このときの心理戦が原因だと手紙に書いてタイムカプセルに埋めておこう。未来の俺はそれを見たショックで他界するかもしれないが、さすがにそんな先の話まで面倒は見切れない。なんせ大切なのは今このときだからだ。


 古くなったシーソーのように不協和音を奏でながら、俺とバカ親の神経衰弱は平行線を辿った。


「んなバカな理由で講師ができるか、妥協しろ」

「大丈夫よ、晴海ちゃん、とってもいい子だから」

「男の言うカワイイと女の言うカワイイぐらい、母さんの思ういい子と俺の望むいい子の定義は違うんだ」

「あら、博巳は可愛い子が好きなの? 大丈夫、将来に期待していいわよ、晴海ちゃん」

「そういう話をしてるんじゃない、俺はやりたくないと言ってるんだ。それが通らないなら妥協してくれと」


 この人と話をしているとイニシアチブなんて概念すら風に飛ばされてしまう。それでいて、無軌道に飛んだ風船が落下した場所は果たして母さんの思惑だった、なんてパターンが何度あっただろうか。鬼のような学年主任を相手にするよりよほど手強かった。


 けれど、と言うかやはりと言うか、俺たちの描いた平行線が着地した場所は母さんの懐の内だった。


「……こんなこと言いたくないけど、博巳、友達いないじゃない。誰かと仲良くなってほしいの。上辺だけじゃなくて、本当に。晴海ちゃんね、とってもいい子なのよ」


 完璧な防御を拵えていたつもりだった。でも、そういう風に攻められると、ううむ、唸ってしまう。


 確かに俺にはそんな友達はいない。作らないとか作れないとか、言い方を間違えると俺かクラスメイトのどちらかが責を負ってしまうから、いないと言うしかない。


 昔は、いた。……ような気もする。


 下校の途中にコンビニに寄ったり、休みの日は映画を観に行ったり、誕生日を祝い合うような関係の同級生が。


 けれど高校生という肩書きを得てから、そんな経験はまずなかった。学校で会えばバカな話をしないでもないし、テストのあとに答えあわせをしないこともない。


 ただ、相手の領分に一歩踏み込むのも踏み込まれるのも何となく面倒、それだけの理由だった。最初は面倒でいることそのものに躊躇いもあった、ここは心を開くべきじゃないのかと、自問なんて数えきれないぐらい。だが、躊躇うことすらいつしか面倒になりだすと、そのうち被っていた猫が三匹にも四匹にも増えていって、自覚した頃には身動きができなくなっていた。


「……じゃあ、どうしたらいいよ。ていうか友達って、そんな年下の子と」

「ううん、友達になるのにね、年齢なんて関係ないの。それと母さんの勘なんだけど、あなたと晴海ちゃんは合う気がするのよ」


 そう言った母さんの顔はどこか優しげで、たじろいでしまう俺がいる。勘なんて曖昧な言い回しの裏には、経験で培ったものでもあるんだろう。母さんの異常に広い交遊関係は嫌と言うほど見てきている。


「わかったよ、お手上げだ。でも約束してくれよ、俺はこう見えて受験生なんだ、他人に勉強を教える時間があったら自分の時間に充てたい」

「それもそうよねえ……わかったわ、じゃあこうしましょ」


 しばらく考えて母さんの提示した妥協案はなるほど、見事だった。


 見事にバカだった。

 何て言うか炸裂していた。


 母さんの塾には決まりがある。

 それは、交換日記。今やスマホがこれだけ普及しているというのに、母さんにも代え難いこだわりがあるのだろう、昔から頑として生徒と秘密を分け合っている。


 それを俺にやれと。


 幸いにして当の中学生、福内晴海は入塾してまだ一ヶ月程度だから、文字が綺麗な上に手先も器用な俺が母さんの真似をして書けばバレやしない、バラすタイミングは母さんに任せなさいと。


 違う、そうじゃない。問題はそこじゃない。


 異常な交遊関係を誇る四十四歳(♀)と、友達と呼べる人間のいない十八歳(♂)じゃどうやったって無理があるだろ。


「母さん、俺の性格は知ってるだろ。石橋は割れるまで叩く方なんだ」

「あら、たまには割れてから飛んでみてもいいじゃない」

「ライト兄弟か俺は! 落ちるに決まってんだろ!」

「たまには母さんを信用なさい。なるべく痛くないように落としてあげる」


 落ちるのは決まってんのか。


 ……かくして、非常に不本意ではあるが、俺と十二歳(♀)の交換日記大作戦が幕を開けた。無論この時点で当事者の片割れは何も知らない。



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