4ミラーハウス
「おーい! どこだー、帰るぞー!」
「お客さんそんな厳つい顔でこわーい声出して出てくるわけないじゃないですかー☆」
「俺は早く帰りてぇの!!」
「え、一体どこにですか?」
真夜中、人気のない遊園地を進んでいく。
途中から先導するように歩いていたウサギがきょとんとした風に言った。
笑った顔のままウサギは歩く。
は?何言ってんだこの変人ウサギは
そりゃ――
「そりゃ…家に決まってんだろ」
そうだ、こんな時間なんだし早く家に帰って寝てーんだ
別に独り身だし家で待ってる人もいねーが、こんな疲れる日なんだから俺は家に――
「へぇ…、お客さん家に帰って何したいんすかー?」
「あ? そりゃ帰ったら冷蔵庫からビールだろ、クーラー入れてテレビ点けて」
「いいっすねぇその独身貴族の満喫ぶりを醸し出そうとしてる感じ☆」
「ウサギお前バカにしてんの分かってるからな?? 取り敢えずネットに此処の悪い事実を匿名で上げるぐらいはしてやるよ」
「謹んで遠慮させていただきます☆」
「ははは☆厚意だから遠慮しなくていいぞ?」
お互い笑顔で(まぁウサギは笑顔固定だが)肘鉄を食らわし合っていると、ウサギが自販機を通り過ぎてから立ち止まった。
自販機は電気も点いておらず既にお亡くなりのようだ
生ぬるい空気感だがら一本くらい何か買いたかったのだがな…
無駄にメリーゴーランドとか回すくらいなら自販機も生かしてやりゃあいいのによ
まぁ補充に来る業者が可哀そうか
納得しつつも未練がましい目を元自販機に向けていると、ウサギが早く来いと声をあげる
「お客さん仕事押してるんで早くしてくださいなー! もう忙しいんですからねー!☆」
「お前にそう言われるのは絶対納得いかないんだが。つかガキは何処居んだよ? ちょっと前の自信満々ぷりどうしたよ」
「まぁまぁ☆ 暗いから分かりづらいですけど、裏野ドリームランドは大体の巡回ルートが決まってるんすよー☆ 中でも絶対通る中継地点的なアトラクションってのがあって、入り口のメリーゴーランドやこのミラーハウスもその一つなんすー☆」
「へぇ、意外と考えてたんだな」
「お客さん尊敬して頂いていいんすよ? さあさあ! ほら、僕裏野ドリームランドのマスコット☆ラビットくんですし☆ 今日みたいな迷子のお世話もお仕事の一環ですから☆ (こんな大きな迷子さんはウサギ生で初めてですけど)」
「おい今さっきぼそって言ったろ、というか聞こえるように言っただろ? 違うからな? 明らか迷子のクソガキを探してあげてる超善人だからな?」
「えー、僕クソガキとかいう口の悪い不法侵入者の超善人とか聞いたことなーい☆ ラビットくんびっくりー☆」
「このウサギぜってー友達いねーわ!!!」
「……ほら、僕ってみんなのマスコットだから☆」
「図星じゃねーか」
挙動不審になったウサギに若干溜飲が下がっていると、ウサギがよっこいせとミラーハウスのドアに手を掛ける
「ほらお客さん何見てるんすか! もう反対側よろしくですよ」
「客に手伝わすなよ。これ開けるのか? 重てぇな…、これじゃあガキも入れねーだろ」
「ここは裏口の方なんで、表口の方はいつもオープンですから入れますよー☆ ここを開けて風を通すのが大事なんすー☆」
「ふーん? またどうせ維持の話だろ」
「そうっすねー」
鏡に風通しが必要なのか謎だが、なるほど、重たい木製の分厚い扉を開けた瞬間湿っぽい冷えた空気が足元を通り過ぎた。
こうも密閉性が高いと風通しも必要なのだろう
ミラーハウスの外観は洋風の古めかしい建物だ
外観は小さなお城の様なお家だが、木造な所がユニークというか恐さを煽る
俺が小さい時に入った時には無かったアトラクションなので、入るのが楽しみな様な恐いもの見たさの様な変な昂揚感がある
「此処に入るの初めてなんだよなぁ、俺が小さい時に来た時には無かったし」
「おやお客さん小さい時にも来てくれてたんすねー☆なるほど、それで此処に来たんすかー」
「いや、此処には肝試しで煽られて――あ」
「ぷーくすくす、お客さん誘導尋問に引っかかりやす過ぎっすよー」
ケラケラとウサギがウケている
マジでこのウサギ性格悪い
マスコットに採用した奴どうなってんだ、やっぱ園長か、園長だよな?
ムカついているとウサギがミラーハウスの中へとずんずん進んでいった
さすがに一人は不安なので慌てて後を追う
窓ガラス越しに誰かがこちらを見てたり――なんてのは流石にないが、曇りガラスに映る梢の影が妙に不安をあおった
入ってすぐ驚く
道の両脇に人の背丈を超すガラスが隙間なく敷き詰められ、その中にウサギと俺が合わせ鏡の要領で幾人も鏡の奥に奥に映っている
鏡を見る俺と鏡に映る俺の目が合う
よく聞く合わせ鏡の4番目は自分の死に顔…なんてことを思い出し、そちらから慌てて目を逸らした
そういや此処のウワサは何だったか
ほの暗い道を歩いているとウサギが曲がり角で待っていた。
待たせてしまっていたようだと追いついて驚いた
「悪いぼーっとしてた…、ってこりゃ凄いな」
「ふふん☆ お客さんすごいでしょー☆ 地味に出来てからずっと園内人気アトラクションベスト3に必ず入るすごい子何ですからー☆」
「過去形にしような」
「だからお客さん失礼過ぎる!!」
地団駄を踏むウサギだが、確かに自慢げになるのはわかる
なんと見下ろした先には巨大な迷路が姿を現したのだ。
しかも道は全て鏡で仕切られている念の入れようである。
通って来た道が2階部分で、1階…というか掘られたであろう地面部分が迷路ということである
恐らく昔の人が居た頃は、行き止まりで迷ってる様子を上から見て家族で楽しんだりもしてたのだろう
2階部分の通路はくるりと向こうの端のゴールまで続いているので、途中で棄権したくなったり、迷子になりっぱなしの人が居てもすぐ見つけられて外に出られるようだ
「へぇ、こりゃいい」
「でしょうでしょう☆ 上から見るので子供が居たらすぐわかるっすしねー☆ あ、ウワサをすればっすよー」
「マジか! 何処だ?」
「ほらあそこあそこ!」
ウサギが指差した先には、行き止まりで自分が映った姿を見て楽しんでいる子供の姿がある
野球帽被ってる姿から分かっていたがかなりのやんちゃ坊主である
よく怖くねーな
若干呆れつつも早速捕まえるとしよう
ウサギには出入り口で待機してもらえばいいか
「ウサギ上から指示してくれよ、捕まえに行ってくるわ」
「はいはー…」
「どうしたんだ?」
軽ーい返事で手を挙げようとしたウサギだが、ふと何か考えこむように黙ってしまった。
不気味だったので思わず様子を伺っていると、ウサギがこっくりと頷く
お、おうどうしたんだ?頭が落ちそうだぞ?
2階部分には鏡は少ないが、1階部分からの鏡に反射した明かりでウサギの顔の濃淡が怖い
「いやーまだ前の時の名残が残ってたみたいっすー。仕方ないので僕が行きますねー☆ お客さんも来ますかー?」
「は? いやまぁウサギが行って俺が指示出すのでもいいけどよ、俺が行くよりも出入り口で待ち伏せした方が確実じゃね?」
「んー、此処って出口が4つあるんで難しいっすよー?☆」
「あー、確かにそれは厳しいな」
四分の一は確かに微妙だ
それなら付いて行った方がいいか
「でも道とか分かんのか?」
「勿論っすよー☆だってマスコットのラビットくんですし☆」
「はいはい」
「雑い!!」
まだ行き止まりでまごついている子供に目をやり、階段を下りるウサギに着いていくのだった。
◇
「そういや前の時の名残って何なんだ?」
「えー恥ずかしいなー☆」
「意味分からん」
ウサギが照れたようにくねくねする
きもい
いや、合わせ鏡の中のピンクの物体が全部くねくねしだすんだぞ?視界の暴力だろ
「動くんじゃねぇ、いじめか」
「どっちが!? もう! お客さんそこは普通お客さんお得意の何で何で攻撃でしょー?」
「お前ちょくちょく俺をガキみたいに言うのやめろや!」
このウサギの中身絶対はっちゃけたパリピならぬパリおっさんだと思うんだが、正直こんな着ぐるみ着ているおっさんにガキ扱いされるなんて癪である
まぁ俺も若いとはいえ大人なので大人の対応してやるけどよ
「で、何で急に怒りだしたんだ?」
「へ? お客さん何言ってるんすかー?」
きょとんとした風だが、確かに2階で黙った時に不機嫌だったのである
このウサギが怒るなんてとちょっと意外だったのだ
「へぇ…お客さん女の人や可愛い僕につれない態度を取りまくる無神経な鈍感野郎だと思ってたっすよー☆ 意外!」
「お前の方はどうでもいいが彼女の件に関しては痛いわ!! やめろ!! 完全にお前の方が無神経でしかも確信犯のサディスト野郎だろう!」
思わず怒鳴っていたら駆ける靴音がした。
もしかしたら気付かれて逃げられたのかもしれない
このウサギに話なんて振らなきゃよかった
ぐっさりダメージを負ったからか何だか色々億劫になっていると、ウサギに肩を力強くたたかれた
やめろ、お前の力強過ぎなんだよ
というかお前のせいなのに何で励ましてやった感満載の態度なんだよ
「お客さん仕方ないですねー、教えてあげますよー☆」
「腑に落ちねぇ…が、何だ」
「此処ってこんな迷路でしょー、まだ上から見える通路も作ってなくてスタッフの人手も足りなかった時、一時期不良の溜まり場にされたんすよねー。しかも勝手に鏡の位置動かしてたんですから! 気付くまで悠々と不法侵入不法滞在器物破損してるなんてふてぶてしいっすよね! もう逮捕もんっすよ!」
ウサギは全くもう!と怒っている
なるほど、その時の名残がまだ残っていたので腹立ててたんだな
まぁそりゃ営業妨害甚だしいだろうし怒るのも納得である
風評被害もあるだろうし、鏡の位置動かされたらそりゃルートも変わるだろうしな
出口が多いとはいえ下手したらゴールできないだろ
「お陰様で女の子は怖がって入ってくれないわクレームの電話来るわ女の子のお客さん減るわ」
「おいスケベマスコット何言ってやがる」
だめだこのウサギ
スケベ魂が見えてやがる
「まぁつまりそいつら見つけて通報してやったんだな。今は閉園してるとはいえ下手に記事とかなる前に無事終わってよかったじゃねーか」
「そうっすねー、ちゃんと僕とのヤクソク守ってくれてるようで何よりですよー☆」
「ん?」
意味が分からず問い返すと、ウサギが足を止めた
いつの間にか子供が居たであろう行き止まりまで来ていたようだ
上から見るのと下から見るのとではまた違うので全然わからなかった
残念ながら既にクソガキは逃げているようである
3方面から無数の俺とウサギが俺達を見返しているのは変な気分だ
自分がどこにいるのかわからなくなる
ふと急に眩暈がして足元がふらついていると、ポンとウサギに肩を叩かれた
途端に頭痛が止む
何だったんだ? もう大丈夫だが気分が悪いので早く出てぇ、クソガキももう居ねぇし無駄足だったしな
というか加減できるんなら初めからしてくれ…
「お客さん大丈夫ですかー?」
「ああ…、悪ぃ、寝不足かもな。クソガキも居ねぇし早くこれどけて出ねぇか?」
「そうですねー、そうしましょっかー」
ウサギが鏡に近付いたので俺も手伝おうとしたらそこで待ってろと片手を出される。
お言葉に甘えて様子を伺っていると、ふんッと声を上げたウサギが鏡を持ち上げた
えッ、ここで自動じゃなくて物理かよ!?
そりゃこんな作業してたら馬鹿力にもなるわ
妙に納得していると、鏡を動かし終えて満足気なウサギが声をあげた
「はーい! もう大丈夫っすよー☆」
「おお…」
すげぇな…と続けようとした俺の脇を野球帽子がすり抜ける
ハッと慌てて手を伸ばしたがそれすらもすり抜けてしまった
くそっ、このガキ隠れてやがったな!
「ウサギ! そのガキだ! 捕まえろ!」
「はーい☆ って無理っす疲れて動けません」
見ればこてんとウサギが膝を付いている
「このダメウサギが!! 普段から機械で楽してるからだろ! 着ぐるみ脱げよ!」
「そんなご無体な」
楽々とウサギキーパーもすり抜けたガキは出口らしき階段をたたたと登って行ってしまう
マジこのウサギ燃やしてやろうか……
炎上だけに
やばい
自分で声には出さないが思わず浮かんでしまった。
…うわ、俺にまで移ってやがる…
思わず恐怖と怒りに愕然としつつ、よよよと泣いたフリをする使えないウサギを蹴っ飛ばす
ころんと転がってるが、バテてるのか寝ころんだままだ
もう無視していいかな
ガキも行っちまったしウサギは使えねーしよ
思わずウサギに今の想い(主に蔑み)を込めて見下ろしていると、いじいじと地面にのの字を書きながらウサギがため息を吐いた。
ちなみに腹がつっかえてるから若干くの字の芋虫みたいな状態である
つまりきもい
「はぁ、昔はもっと体力あったんすよー? こう溜まり場に居た不良達を千切っては投げ千切っては投げ…」
「はいはい武勇伝は――、は? ウサギお前通報したんじゃねぇのか?」
「えー、そしたらそれこそ警察やら来て騒がれるじゃないですかー。だから悪い子はお話☆してよい子になって頂きましたよー☆」
「う、ウサギお前暴力は…」
「えー? 大丈夫僕はみんなの味方☆園内の正義のヒーロー☆マスコットのラビットくんですよー☆ 暴力なんて致しません! 冷静に指紋採取と自宅と身元の特定と損害賠償の試算を持って親御さん含めての三者面談までの計画表片手にお話しただけですよー☆☆ みんな年間パスポートまで買ってくれるよい子になりましてねー☆」
ごくりと寝転がる死体、もといウサギを見下ろした
このウサギが一番怖ぇ……
やべぇ……
ん? ふと思い立ってまたウサギを見下ろす
俺の頭には裏野ドリームランドのウワサが思い出されていた。
いや、まさか
「それってもしかして溜まり場に居た不良全員にやったのか?」
「そりゃ勿論ですよー☆ ラビットくんは公平なのですから☆」
「おおぅ…、つまり勇ましかった不良が大人しいいい子ちゃんで皆出てきたってことだよな。なるほど、つまりまたお前か!!」
「へ? お客さんアトラクション内では静かにっていうマナーがですねー」
「うるせぇ!」
呑気な声で何怒ってるんすかーというウサギを跨いで階段へと急ぐ
さっき見た感じガキも大分遊び疲れてそうだったので、もうすぐ捕まえられるだろ
後ろのバテてるウサギは知らんが
『ミラーハウスから出てきた後、別人みたいに人が変わってたらしいよ。まるで中身だけ別人みたいな…』
そりゃ悪ぶってるだけの不良に損害賠償やら逮捕やら叩きつけたらそうなるだろうよ
思わずまた頭痛が始まる
もう全ての諸悪の根源はウサギに違いない
そうに違いない
このウワサを作り出しまくってるウサギにそろそろ現実見せてやろうかと迷い始めつつ、現実逃避を諦めて重い足を動かして階段を上るのだった。
「僕のことを知りたいって? もう仕方がないなぁ☆」
「こわいこわい、そこらのホラーより怖いからマジやめろ」
「えー僕の体重? メリーゴーランドの幻想木馬の三分の一だよー☆」
「無視か。というかファンタジーなのかリアルなのか分かりづれぇな」
「僕の仕事ー? そりゃ園内のマスコットでいることさ☆」
「ふんわりしてるよな。具体的には何だ? 結構忙しそうだが」
「えーっと、迷子の子を見つけたら迷子センターまで送って、園内の施設の修理と、ステージショーと、風船配りと園内清掃とアナウンスと――」
「死ぬぞ!? ブラックだ…ブラック過ぎるッッ」
「大丈夫☆マスコットのラビットくんだからね☆」
「こわいこわいこわい」
「まぁ冗談は置いといて、僕も兄弟姉妹がいっぱいいるから家族皆で手分けしてやってたっすよー☆」
「あーなるほど、園内スタッフは着ぐるみ着てそういう設定でやってたのな」
「お客さんドリームランドなんでやめてくれますー? てことで偶に身長やら声が違う僕が居ても誰もツッコんじゃダメだよ☆」
「せちがれぇ」
「また次回もよろしくねー☆☆」
トネコメ「8月3日までに間に合う気が0パーセントという恐怖ッ」