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secret singer  作者: 花穂
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出会い


 金曜のホームルームはたいていテンションが高い。それはもちろん、休みの前だから。


 だが今日は例外である。


 先生の手に段ボール箱があった時から、みんな嫌な予感はしていたと思う。中身は2ヶ月ほど前に受けて存在も忘れかけていた模試。 

 途端に教室が騒がしくなる。結果に一喜一憂する者や、できるだけ見ないようにしている者など。

「お、流石だね」

 真紀の番が来たとき担任が言って、数名が反応した。

 校内順位1位。全国でも22番。

 ちょっと下がったか、とか言ったら殺されるんだろうな、きっと。



 担任が中身のない話をしているとき、真紀は隣からの視線に気づいた。先ほど先生の「流石だね」に反応した生徒の一人だ。

 名前は保坂諒。真紀と、全国で100番あたりをキープしている彼は、たいして進学校でもないこの高校で、ぶっちぎりの1位と2位。

 視線の先にあった成績表を真紀はそっと机にしまった。自慢するのは本意ではない。


 金曜日はいつも憂鬱だ。



 夜10時。慣例となった手紙を書く。




 梨園へ


  お元気ですか? こちらは元気です

  お母さんが心配するので夜に徘徊するのはやめてください

  手紙はいつもの場所によろしく


                        真紀より




 事務的な手紙を机の上において、真紀は眠りについた。

 ここから先は、きっと私の知らない世界が待っていて、そこに真紀は行けない。行けるのは、……手紙だけ。



 昼下がり、諒は駅の近くをぶらぶら歩いていた。

 せっかくの日曜日、遊ぼうと思って約束を入れたのに、30分待たせた挙句友達は来ないという。ふざけるな!

 このまま帰るのももったいないので、1つぐらい店に寄ってみようか。


「お兄さん、ちょっといいですかあ?」

 わざとらしく作ったような声が、耳元で不快に響いた。

 声の発生源は数メートル先の女性である。諒を見ているので一応周りを確認するが、「お兄さん」に当たる年代の男性はいない。とすると、俺か。

「今キャンペーンをやっていて、あそこの建物でアンケートに答えて頂くと、素敵な賞品が当たるんですよ~」

 またキャッチセールスだ。諒は大学生に間違えられることが多い。高校生なんだから、そんな金持ってないと教えてやりたい。


 ふと、歌声が聞こえてきた。

 うっすらと、しかししっかりとした、鈴のなるような美しい声。

 キャッチセールスの人はまだぐだぐだとしゃべっていたが、もう諒の耳には届いていなかった。

 

 諒は通りを走りだした。どこから聞こえてくるんだろう、この澄んだ声は。


 交差点で立ち止まる。そこには大通りから1本横に入る道があって、歌声はそこから聞こえてくるようだった。

 ふつうストリートといえば人の多いところで歌うものだが。例えば、駅前とか。不審げに思いながらも諒はその道に入った。

 進んで行くにしたがって、声はだんだん大きくなっていく。


 やがて、少し開けた場所が見えてきた。

 恐る恐る近づいて、そしてそこに彼女はいた。

 ベンチに座って、ギターを抱えて。




 

  さよならはずっと向こうにあると思っていたのに


  君がそんなにも早くいなくなってしまうなんて


  君の笑顔もその優しさももう見ることはないんだ 

  

  僕が見ようとしなかっただけで

 

  さよならはきっとすぐそばにあったんだ……





 路地裏にしてはやけに人が集まっている。


 諒はその歌の中に引き込まれていった。

 彼女以外のものは視界から消え去り、諒はただ人垣の中央で歌う彼女だけを見ていた。

 彼女の歌は遠慮なく諒の心を揺さぶる。諒は今まで17年生きてきて、これほど魅力的で光彩を放つ声を聞いたことがなかった。

 今はただ彼女の歌を聞いていたい。受験も部活も友人も、何もかも捨て去って。


 携帯の着信音が、彼女の歌を邪魔した。

 誰だ?と思ったら俺だった。ポケットから、かなりの音量で。

 諒は手を突っ込んで、手探りで着信を切った。いま彼女から目を離したくない。

 さっきの曲が終わって、彼女は次の曲を歌い始めている。


 再び着信音が鳴り響いた。ズボンのポケットがぶるぶる震える。

 諒は舌打ちをした。誰なんだ? こんな時に。

 携帯の画面には、見慣れた名が映る。今朝約束を破った同級生だ。

 諒はもう一度舌打ちをして、後ろを向いた。


「もしもし」

 3秒ほど空白があって、

「もしもし? 諒か? いやーさっきは悪かったな。ごめんごめん、寝過ごしてさあ」

 予想外に大きい声に、諒は携帯を落としそうになった。


 諒は携帯のスピーカーを手で覆ったが、それでもまだでかいので、建物の影に入る。

「でさ、映画はダメになったけど、今日まだ時間あるし、俺の家来ないか?」

 コンクリートの壁に、声が反響する。

「浩、それは……」

「来るよなー、一応ピザとかドーナツとか出るし。もう母親が約束すっぽかしたって聞いて切れてさあー……」

 そこからグダグダと愚痴が始まる。浩は人の話を聞かない。中学のバスケ部で一緒だったのが知り合ったきっかけだが、その時からずっとそうだ。


 諒はセッターで浩はエースアタッカー。仲良くなるのにそう時間はいらない。多才で優等生な諒と、バスケ一筋で問題児の浩。だが、バスケの実力は浩のほうが数段上だった。


 そして、筋金入りの体育会系ということは、声がでかい。


「じゃ、そういうことだからよろしく」

 浩はぷつんと電話を切った。何がそういうことかもわからないが、浩は電話も無断で切るということは分かった。つくづく勝手な奴だ。


 

 雑踏の中に放り出されて、諒は初めて自分がなぜこんなところにいたのか思い出した。しかし、あのベンチにもう彼女の影はなかった。人が集まっていた痕跡すらなかった。そうしてそこで諒はようやく昼食を食べ忘れていたことに気づいた。

 






  


  


  

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