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2

 看守が再び乾がいる座敷牢へとやって来たのは、その数分後のことでした。


「お前の刑が確定した。輝夜様がお呼びだ。立て」


「はい」


 地下五階内を歩く中、獄中では制圧作戦で見掛けた元共存陰陽隊の隊員の顔が見られました。乾は胸を締め付けられる思いで、裏切った隊員たちの顔を一人ずつ目視で確認し、龍壬の姿を探します。


しかし、龍壬の姿はどこにも見当たりません。乾は前を歩く看守に問い掛けます。


「龍壬はどこに収容されてるんだ」


「口を慎め。今のお前は罪人であることを忘れるな」


「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃねえかよ。……ケチ」


 乾が看守に小さく悪態をつくと、看守はじろりと乾を睨みつけました。しかし、直ぐに前を向き、なにやら含みのある口調でこう言います。


「そう急がなくとも、直に会えるだろう」


「そりゃ、あの世でってパターンじゃねえだろうな。……おい、否定しろよ」


 看守はそれっきり、乾の問い掛けに反応することはありませんでした。


 二人は無言で地下五階から地下四階へと階段を上がります。乾は階段を上るにつれて明るくなる視界に目を細めました。


 本部護衛の室内訓練場や、寝食をする場所が設けられているこの地下四階の東側は、地下五階と同じように本部護衛と高位の隊員、そして特別許可が下りた者以外の立ち入りは禁じられている空間であり、乾自身、これまで地下四階と地下五階は足を踏み入れたことがありませんでした。


普段、本部護衛がどのような訓練を行い、どのような業務に徹しているのか共存陰陽隊内でも謎に包まれている部隊が生活している空間を見ることができるとあれば、興味の一つや二つは抱くことでしょう。


乾もその例外ではなく、辺りを忙しなく見回していました。しかし、その全貌を隠すかのように建てられた壁に阻まれ、その奥までは見ることができません。


 延々と続く無機質な色の壁に沿って廊下を進み、やがて東側と西側のちょうど中間地点に当たる場所が見えてきます。そこに軍服を着た二人の本部護衛が、まるで門番のように佇んでいました。


その向こうには、アンティーク調の絨毯や壁紙、そしてシャンデリアというどこかの高級ホテルの廊下を彷彿とさせるような空間が広がっています。


 看守が二人の本部護衛に隊員証を見せると、本部護衛二人は乾の顔を一瞥し、道を開けました。看守と乾は再び奥へと歩き出します。


 薔薇の柄が描かれた絨毯を踏みつけ、輝夜がいる執務室まで行く途中、乾は何度かメイド服姿の女とすれ違いました。しかし、いずれも腰にはホルスターが装着されており、しっかりと拳銃が装備されています。どうやら女本部護衛隊員の制服のようです。


「盃の奴、随分といい趣味してんじゃねえか」


 乾はメイドとすれ違う度、飽きれたような笑みを浮かべました。


 やがて、輝夜のいる執務室の前に到着すると、看守は執務室の前で見張りをしていたメイドに乾の身柄を預け、そのまま去って行ってしまいます。


「輝夜様、失礼します」


 メイドが木製の扉越しに声をかけると、


「どうぞ、入って」


 と、中から少女の声が聞こえてきました。


 メイド開けた扉の向こうには、廊下より更に明るい空間がありました。天井には大きなシャンデリアがぶら下がり、床には廊下のとは比ではないくらいの、ふかふかとした絨毯が敷き詰められています。


右手には客人との対談をするための席が設けてあり、左手には床から天井までの大きな本棚がそびえ建っていました。その上、家具の一つ一つにアンティーク調の木彫りが施されているところから、相当な金をつぎ込んで作られた部屋であることは容易に想像できます。


 そんな高級感触れる広い部屋の一番奥に、彼女はいました。彼女が座る前に置かれた装飾が美しい大きな机は、マカロンやカップケーキ、クッキーにキャンディという色とりどりの菓子で埋め尽くされ、一つの王国ができあがっています。


 輝夜は細く白い指でティカップを口元へと運び、上目遣いで乾を見つめました。そして、紅茶を一口飲むと、その真っ赤な唇で弧を描きこう言いました。


「ごきげんよう」


 輝夜はまるで西洋人形のような少女でした。歳は、恐らく琴音と同じくらいか、それ以上。盃とは面識があった乾ではありましたが、これまで盃の娘である輝夜には、一度も会ったことはありませんでした。


「初めまして。乾と申します」


 乾は挨拶を交わしながら、盃の面影を探しました。しかし、全くと言っていいほどありません。色素の薄くうねりがかった長髪に、上を向いた長い睫。頬は桃のように薄らピンクに色付き、少女らしさが窺えます。


どこもかしこも盃とは違い、どこかの童話からそのまま飛び出してきたお姫様のような容姿でした。


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