19
「おい! 聞いているのか!」
「聞いていますよ」
シャッターが金属音を立てて開いていく様子を見ながら、朱里は男の声を煩わしいと感じていました。と、北側で要請を知らせる効果音が鳴ります。今頃、もう一人の隠密担当が北口のシャッターを開けていることでしょう。
さて、問題はこの三人です。シャッターが開ききるまでになんとか時間を稼がなくてはなりません。本当であれば、薙斗が監視カメラ室を制圧した後、この三人のような地下一階の残党を処理してくれるはずでした。
しかし、その薙斗は今、琴音の援護に回っているためすぐに帰って来ることは期待できません。
一人でやるしかないか。朱里は三人に背を向けたまま肩を落とします。
「なら早く来い! 命令に逆らう……な!?」
朱里の肩を掴んだ男は、シャッターが開きかけたその僅かな隙間から見える深緑色の軍服を見て驚愕します。深緑色の軍服は、共存陰陽隊の証でした。
男は青い顔をして即座に朱里を突き飛ばし、シャッターを閉めようとしました。
朱里は負けじと自分より何十キロも重い男に掴み掛り、背負い投げを決めます。
「貴様ぁ!」
それを見た他の二人は、朱里が裏切り者であると悟り次々に殴りかかりました。朱里はそれらをひょいひょいと、いとも簡単に避けます。
が、避けている最中、シャッターを閉じようと一人が開閉用の機器に近づきました。それに気を取られた朱里は、相手に顔を思いっきり殴られ床に倒れます。殴られた部分が、じんじんと痛みました。床に倒れた朱里に、更に一人が蹴りを入れます。
「なめてんじゃねえぞ、女!」
「うぅっ」
強烈な衝撃に思わず呻き声をあげると、男たちの背後から群青色の軍服を着た髭面の男が物凄い速さでやってきました。
その人はシャッターを閉じようと操作している一人に跳び蹴りを入れたかと思うと、次の瞬間には朱里に蹴りを入れた男を殴り飛ばしていました。それを見た残りの一人は逃げようと後退し始めるも、朱里によって足を引っかけられ転倒します。
「悪い。遅くなった」
薙斗は自分が倒した二人に開発部特製の手錠を掛けながら詫びました。
「恨みますよ、副隊長」
同じく朱里も転倒した一人に手錠を掛け、不機嫌そうにこう言い放ちます。
「どっかの馬鹿狸のせいだ」
薙斗は開ききったシャッターの向こう側を見据えながら悪態をつきました。外から入ってきた深緑の団体は、計画どおりに動き始めます。
「喜べ、お前は負傷者第一号だ。確保したこいつらを後方支援のバスに連行した後、外のワゴン車に乗って辺りを見張ってろ」
「全然嬉しくないですが、了解です。副隊長は?」
「俺は琴音を追う。あの馬鹿、なにをやらかすかわかったもんじゃねえからな」
そう言い残すと、薙斗は再び走って行ってしまいました。世話が焼ける子ほど可愛いとはよく言ったものです。朱里は教師の時とは全く違う副隊長の背を眺め、小さく笑いました。
*
北口は大した問題もなく侵入に成功しました。乾は朱里と同じく潜入を続けていた隠密担当に北口周辺の見張りを命じ、南口の隊員たちと合流をはたすために進軍を始めます。
もちろん、合流だけが目的ではありません。地下一階のあらゆる部屋を解放し、残党たちを片づけていくことで地下一階を制圧することこそが狙いでした。
「南口側の奴らに遅れを取るな! 援軍を呼ばせないよう、相手の通信回路は全て絶て!」
乾は部隊に指示を出しつつも、心は更に地下にいる愛娘にありました。脳裏には子どもの頃の琴音の満面の笑みが浮かんでいます。
いつだって、琴音は太陽のような笑顔で乾を照らし続けました。琴音を、失うわけにはいかない。乾は決意を心に刻み、残党たちに攻めかかっていきます。




