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18

 隊員たちは北口付近に溜っていました。北口は乗用車も入れるような大きさのシャッターで閉ざされており、作戦どおりであればその向こうで乾が率いる北側部隊が待機しているはずです。


琴音はその待機している部隊を中へ入れるため、ここから敵の隊員たちを払わなければいけません。琴音は意を決して、北口付近を探し回っている隊員の間を縫うようにして走り回りました。


「いたぞ!」


「追え! 捕まえろ!」


 そんな声があがる中、再びアナウンスが入ります。


『緊急連絡。化け狸は狸の姿で地下二階へ逃走。繰り返す……』


 つまり、地下二階へ行けということのようです。北口から階段までの距離はそう遠くありません。琴音は方向転換を開始し、地下二階へ向かうための北側階段を下りようとします。


が、地下二階から隊員たちが既に階段を上って来ており、とても下れそうにありません。後ろからは地下一階の団体が迫っていました。


「大人しく捕まれ!」


 そう言われて「はい、そうですね」と大人しく捕まる馬鹿な狸なんているはずがない。


 琴音は瞬時に隊員たちの目の前で猿に化けると、階段前で待ち構えている隊員の横を通り抜け、階段の手すりを伝って下りました。


階段の手すりを塞ごうと上りかけていた隊員が手を出すと、琴音はその隊員の頭に飛び乗り、今度は隊員たちの頭を足蹴にして下ります。狸の姿ではとてもできない身のこなしです。これは、化け狸の一族に伝わる猿の脚力を生かした逃走法でした。


 琴音が地下二階に降り立った時、辺りにはアナウンスではなく高音のインターフォンのような効果音が鳴り響きました。どうやら、南の要請が入ったようです。後ろを確認してみると、隊員たちは琴音を追い回すのに必死で、要請に気づいている様子はありませんでした。


 その後直ぐに、今度は低音のインターフォンが鳴ります。これが北の要請だとしたら、きっと直ぐに地下一階は制圧される。琴音はもう一頑張りと走りながら狸に姿を戻しました。走る分には、やはり本当の姿であるこちらの方が幾分も楽でした。


 しばらく地下二階を走り回って、前から来る隊員の股の下を潜って避けた途端、天井から雨が降って来ました。もちろん、屋内で雨が降るはずはありません。


不思議に思って上を向くと、天井にまるで植物の蔦のように張り巡らされた水道ポンプから、スプリンクラーのように水が噴き出していました。とにかく水量が尋常ではありません。


琴音が上から降る水に戸惑いを隠せないのに対し、隊員たちの水への反応は薄く、依然琴音を追うのを止めません。どうやら、この水の用途がわかっているようです。


『こちら時雨。琴ちゃん、大丈夫ですか』


「……にゃんほは、らいひょうふ」


 走りながら、しかも口に物を咥えて話すのはかなり苦労を要します。それに、毛が水を吸収して身体が物凄く重くなったような気がして更に苦痛でした。


 琴音は体毛が少なく、二足歩行する人間に化けようと目を閉じます。すると、一瞬のうちに琴音の姿は一族から伝わる巫女装束のような煌びやかな衣装を身に纏った少女に変わりました。


口に咥えていた物を両手に持ち直し、袴が濡れて動きが鈍らないよう掴み上げながら走ります。


『そろそろ地下三階へ向かってください。地下二階の残党は他がやります』


「わかりました。それよりこの水って……」


 琴音は息を弾ませながら、なんとか会話を成立させようと必死に酸素を取り込みます。


『こちら乾。恐らくこの水は龍壬の仕業だ。龍壬と出会ったら、迷わず逃げろ!』


「逃げるっ? それってどういう、ことっ?」


 隊員から身をかわしながら問うも、時雨や乾から返事が聞こえてくることはありませんでした。


 水は天井だけではなく壁からも噴水しており、地下三階へ向かう階段を滝のように流れて下りています。琴音は地下二階に下りた時と同じ要領で階段を下り、地下三階へ降り立ちました。


地下三階に溜った水は地下二階の倍で、既に足首が浸かるくらいの量が溜っていました。



          *



 時は少しだけ巻き戻ります。琴音が地下二階に足を運んだ頃、南口は計画どおり手薄になっていました。これを好機とし、時雨は南口の外から要請を出すよう指示をします。


その要請を受けた主戦力部隊の潜入担当の一人が、琴音を追うふりをしてから南口へと向かい、開錠用のパスワードを入力していました。と、そこで、


「おい、なにしている! 今はそんなことよりあの化け狸を追え!」


 地下三階で琴音を挟み撃ちにするべく、南階段から下ろうとしていた三人に見つかり、一人に声を掛けられてしまいます。


「あ、はい。でも……」


「いいから、早く来い! 地下三階で挟み撃ちにするんだ!」


 声を掛けてきた男は、非常に焦っていました。それは、無理もありません。あの化け狸は清才に仕えていたという、どこの陰陽隊も喉から手が出るほど欲しがる妖です。


あの妖を捕えることはすなわち、陰陽隊の象徴を手にすること。抹消すれば共存主義に大きな損傷を与えられるし、調教すれば戦力になります。この作戦で琴音を使うリスクは高いものの、他主義にとってはいい餌と言えました。


 共存陰陽隊主戦力部隊隠密担当の朱里は、さきほど廊下を薙斗と共にゆいこの姿で歩いていた化け狸を思い浮かべます。言い訳はなかなか苦しそうでしたが、それは朱里にとっては許容範囲でした。


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