10
琴音はこんなに大勢の人たちに号令を掛けている薙斗が、不思議と偉い人のように思えてきました。実際、時雨の補佐として任務をはたしている薙斗は偉い人なのでしょうが、近くで関わっているせいか、薙斗のみならず時雨も乾も共存陰陽隊幹部であるという事実を時々忘れてしまうのでした。
と、時雨がふいに琴音へ視線を向けました。怯えきったような琴音の顔を見ると、安心させるようにして口で弧を描きます。琴音はぎこちなく首を縦に振って見せました。敬礼を終えると、乾が前へ出てマイクスタンドからマイクを取り話し始めます。
隊員たちは無言で乾の言葉を待っていました。
「特殊部隊総隊長の乾だ。まず、集会の前に、この場を借りて謝罪がしたい。今回の事の発端は、少なからず俺に対する不信感からでもある。迷惑を掛けて、本当にすまなかった」
乾が深々と頭を下げると、隊員たちはその姿を見てざわざわと話し出します。不信感を招いた原因でもある琴音は、乾の姿を見て今すぐにでも一緒に頭を下げたいと思うも、わざわざ琴音から乾を遮るように立つ時雨の背がそれを阻みました。
その背からは、「余計なことはするな」という念が伝わってきます。
と、ざわざわしていた中から、一際はっきりとした声が聞こえて来ました。
「乾隊長、お帰りなさい!」
「隊長、待ってましたよ!」
「一緒に龍壬さんを連れ戻しに行きましょう!」
それは、特殊部隊員たちの想いでした。これをきっかけに、ぴんと張りつめていた空気が一瞬にして穏やかになります。乾も龍壬も、こんなに大勢の人たちに慕われている。それが琴音にとっては、実に誇らしいことでした。
乾は男泣きに駆られながらも礼を告げ、時雨にマイクを渡します。
「これより、特殊部隊と主戦力部隊の合同集会を行います」
集会はいよいよ時雨の一声によって始まりました。ざわついていた隊員たちは、その穏やかな声を聞いた途端に再び黙り込みます。
「制圧作戦の説明の前に、紹介したい方がいます」
と、時雨は前置きをすると、琴音の方を振り返って笑顔で手招きをしました。琴音はたくさんの隊員たちの目がこちらへと向けられるのを感じながら、時雨に従って前へと踏み出します。
「僕の隣に立っているこの子こそは、かの清才の女房として仕えていた化け狸です。今回はこの子にも協力してもらうことになりました」
琴音の説明になると、隊員たちは乾の時よりも更に大きくざわつき出しました。琴音はたくさんの視線に恐れて一歩後ろへと下がります。すると、時雨はそんな琴音の背にそっと手を添えました。
「中には快く思わない者もいるでしょう。しかし、これは妖を戦闘に参加させるという模擬試験も兼ねています。もし、今回の戦闘で役に立たなければ、捕獲令の取り下げ動機に繋がるはずです。逆にこれで成功すれば、盃様の判断に間違いはなかったということになります」
淡々とこう続ける時雨。ちょっと待って、模擬試験なんて聞いてない。琴音はそんな思いを込めて時雨の顔を見上げます。しかし、時雨はその視線にわざと気づかないふりをしました。
「模擬試験を兼ねてるんだったら、試してみてもいいかもな」
「でも、妖を無理やり戦闘に参加させるのはどうなの」
「無理やりってわけじゃないんじゃねえの。清才様に仕えてたわけだし」
隊員たちは、琴音の戦闘に加担するという意思の有無について話し出します。妖を戦闘に参加させることに反対派の人たちは、戦いと無関係な妖を戦わせることに不満を抱いているようでした。
しかし琴音はこれに対し、人間たちは現世いる妖たちの処遇について争っているのだから、妖も完全に無関係ではないのではないかと感じます。
「琴ちゃん、琴ちゃん」
と、時雨が突然、琴音にマイクを差し出します。
「決意表明、お願いします」
「……え」
途端に隊員たちのざわつきは収まり、みんなが琴音に注目していました。琴音は反射的に時雨からマイクを受け取ってしまいます。が、受け取ったものの、すぐに言葉が口から出てくることはありませんでした。
「琴ちゃんの思ってることを、そのまま口に出していいですよ」
時雨にそう言われ、琴音の頭には龍壬の顔が思い浮かびました。
「――あたしは、龍壬さんを助けたい」
琴音の声が、体育館に響き渡ります。
「この組織にとって、無断で妖を傍に置くことはいけないことなのかもしれません。でも、龍壬さんはそんなこと考えずに、兄みたいに接してくれた。本当だったら憎んでもいいはずの妖に対して、龍壬さんはなにも言わずに妖のあたしを受け入れてくれました。だから、あたしはそんな龍壬さんを助けたい。もし、あたしに少しでもできることがあるのなら、あたしはそれに全力を尽くします」
妖の捕獲令云々関係なく、あたしはあたしとして龍壬さんを助ける。そのために、共存主義陰陽隊の力になるんだ。
拙い言葉で精一杯伝えきると、ぱらぱらと拍手が聞こえてきました。その拍手は次第に大きくなり、しばらく体育館中に溢れ返っていました。横を向けば、時雨や乾、薙斗までもが拍手をしてくれています。手を叩く隊員たちの目は決意に満ちていました。




