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「――あ、そうだ。時雨さん、お借りしていたこれ、ありがとうございました」
琴音はそんな父を横目に、時雨から借りていた拠点内の地図を返します。未だに完璧にやり遂げるだけの自信はありませんでしたが、後は運次第だと割り切っていました。
「役に立ったようでよかった。ところで、薙斗くんと出掛けていたようですけど、なにをしに出かけていたんですか」
「ちょっと近くの百円ショップに連れて行ってもらってました。丸腰だと心許なかったんで」
「お前、まさか百均で武器調達したのか」
娘に武器を持たせることに抵抗のある乾は、その話を聞いてあまりいい顔はしませんでした。
「うん。でも、刃物とかじゃないから。――だめ、ですか?」
琴音は今回の制圧作戦の指揮官である、時雨の顔を見上げて問い掛けます。時雨は乾の心配をよそに、快く許可しました。
「その代り、夜の約束は守ってくださいね」
敵に襲われそうになったら逃げること。たとえ、目の前に龍壬がいたとしても。琴音は夜に交わした時雨との約束を思い出します。
「わかりました」
「……夜の……約束?」
と、今日の夜の琴音と時雨のやりとりを知らない乾は、過敏に夜の約束という単語に反応を示します。琴音は恐らくいかがわしい想像をしているであろう父親を、半眼で眺めました。
また、乾に対し弁解することすらも面倒な時雨は、話を逸らすという決断を下します。
「おい、どういうことだ。夜の約束って。お前らまさか俺の知らないところで――」
「静は涼香と留守番を頼みます。家のこと、くれぐれも頼みますよ」
「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい」
「おいこら! 夜の約束ってどういうことだ!」
「パパ、琴音ももう年頃なんだから」
「なっ!? 断じて許さん! 時雨、そこに直れ!」
「さて、そろそろ涼香が戻る頃ですね。琴ちゃん、行きますよ」
「はーい」
琴音は時雨に便乗し、乾の横をすり抜けて玄関へと向かいます。その場に残された乾は、時雨と琴音の背を見て悔しそうに唸っていました。
「あの野郎、完全に琴音を手懐けてやがる」
「いいじゃない、仲良しで」
「そういう問題じゃねえ。……琴音はあいつを清才と重ねて懐いてるんだろうが、あれは清才なんかじゃねえんだ。それを目の当たりにした時、恐らく琴音は絶望する。時雨を、幻滅するかも知れない」
それはそれで乾にとっては好都合ではあるものの、琴音を傷つけることは不本意でした。なんとかして琴音を傷つけず、円満に時雨と引き離す方法はないものかと模索するものの、いい案は一つとして浮かびません。
「……そうね。でも、故人の魂につく妖っていうのは、それを乗り越えるしかないのよ」
静の言葉を聞いた乾は、はっとした表情で静を見つめました。静は意地悪気に笑みを浮かべています。
「なんてね。――ほら、早く行って来なさいよ」
「……ったく、お前には敵わねえな。――行って来る」
「我が主に幸多からんことを。行ってらっしゃい」
乾はまるでどこかの宗教信者のような台詞を口にする座敷童子の頭を、わしわしと撫でて部屋を出て行きました。
屋敷の外には、薙斗が乗って来たワゴン車一台と、涼香が先ほど天眼神社から乗って来た黒塗りの車一台の二台が停められていました。琴音たちはその二台にそれぞれ乗り込んで緑旺高校へ向かい、集会を終えた後、そのまま拠点へと向かいます。
琴音は自分たちを見送る涼香と静に声を掛けました。
「涼香、静。行って来るね」
「琴音ちゃん、くれぐれも気をつけて」
「うん。静のこと、よろしくね」
「……ええ」
涼香は少しだけ歯切れ悪く答えました。乾から礼を言われてから、いつもどおり家事に勤しんでいた涼香でしたが、その様子はいつもとどこか違い、琴音は妙な余所余所しさを感じていました。
やはり、昨日の疲れが出てるのかも知れない。
「涼香、疲れてるなら無理しないでね。今日だって、全然寝てないでしょ」
今日の夜、眠れぬ琴音が時雨と話していた頃、涼香が自室として使っていた座敷に近い客間の電気が点いていたことを思い出しました。一人であれだけの人数の手当てをしていたのですから、疲弊しない方が不思議です。
「……ありがとう」
しかし、涼香は琴音の気遣う言葉さえも聞くのが辛いというような、複雑な表情を浮かべました。
「ほら、さっさと行きなさい。パパたち待ってるわよ」
と、涼香の様子が気に掛かりつつも、静に急かされて琴音は乾が運転するワゴン車に乗り込みました。もう一台には、時雨と薙斗が乗っています。
「行って来まーす」
後部座席に乗った琴音は、車の窓から顔を出して手を振りました。涼香と静も、小さく手を振っています。琴音は二人の姿が見えなくなるまで手を振っていました。




