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「謙虚で清楚。非の打ち所がねえな。琴音も、ああいう人になるんだぞ」


「……えっ? ああ、うん」


 琴音が乾に対して歯切れ悪く返答すると、それまで無言だった薙斗が見計らったかのように口を開きます。


「そろそろいいですか」


「ああ、すまねえな。琴音、静と部屋に戻ってなさい」


 乾が上半身を起こしてこう言うと、琴音の鼓動はどくんと大きく鳴り始めます。


「いいえ、二人にも関わりがある話です。琴ちゃんと静は、そこに座っていてください」


 時雨がそう口を挟むと、乾はなにかを懸念するかのような目で時雨を見つめました。時雨は気にせず乾の近くに腰を下ろすと、続けてこう言い放ちます。


「今夜八時、敵の拠点と思われる旅館地下の制圧を実行します」


「あまり事態を長期化させれば、龍壬さんの立場が悪くなるだけだと判断しました」


 乾に有無を言わさぬ時雨と薙斗の口調に緊迫感を覚えつつ、琴音はその場の成り行きを見守ります。乾は少なからず警戒をしているようでしたが、薙斗の意見は正論であるため認めざるを得ません。


「龍壬さんは現在、この地下で組織の隊長を任されているようです。傍から見れば、完全に今回の事件の首謀者ですね」


「だが、この組織が本隊ってわけじゃねえんだろ?」


「はい。恐らくこの組織は対共存陰陽隊用に即席で結成されたもので、その後ろには他主義陰陽隊が絡んでいると思われます」


 そう言いつつ、時雨は袂から四つ折りにされた数枚の紙を広げて乾や琴音たちに見せました。


「これが、うちの隠密担当から送られてきた地下の見取り図です。侵入可能経路は四つ。旅館の外からは山の南と北の二つで、あとは中のエレベーターと階段ですね」


 薙斗と打合せ済みなのか、既に侵入できる場所は赤ペンで印が付けられていました。拠点は地下一階から地下三階までとなっています。


「拠点にいる隊員たちは多く見積もって、総勢三百人。対してこちらは旅館近くということもあり、そう多くの隊員を導入することはできないでしょう。できて、昨夜と同じ百人程度が限界です」


 旅館が近くにある分、一般人の目に触れやすいという問題がつきまとい、継続して隊員たちを突入させることは難しいようです。


「三百に対し百か。さすがに厳しいな。この三百の後ろ盾してる他主義陰陽隊からの援軍も考えたら、絶望的だな」


 最悪の場合、侵入した共存陰陽隊の隊員たちが地下に追い詰められる危険性もあります。そうならないためにも、援軍を呼ばれる前に制圧をはたすことが最低条件となるのでした。


「敵の援軍への連絡に関しては、潜入中の隠密担当に攪乱を任せているのであまり心配してはいませんが、早期制圧に越したことはないですね」


 琴音は先ほどから時雨の話に出て来る、隠密担当という存在が気になっていました。密偵のようなものという想像はできましたが、情報収集から内部の攪乱まで担っているこの部隊の有能さは計り知れません。


「問題の隊員たちの突入口ですが、この外からの南と北を考えています」


「そうだな。旅館の中からはリスクが高すぎる」


「そこで、一つ問題があります。この外からの突入口は、中からロックを解除しなければ侵入できません。外は開口の要求をするためのボタンと監視カメラがあり、中は外からの要求を貰うまでは、そのロックに触れただけで地下全体に警報が鳴るようになっています。これらのことから、予めロックを解除しておくことは困難です」


 つまり、外からの要求を発信する側と、中からその要求を受信した後にロックを解除する側が同時に必要ということになります。


「ロック解除の番号は、北と南どちらとも用意できています。あとは、中から受信後にロックを解除してくれる人ですが、これもうちの隠密担当に任せているので問題はありません」


「じゃあ、なにが問題なんだ?」


「外からの監視カメラの監視役を撃退してくれる人と、この北と南の扉が開く間、ロックの場所に人が集まらないよう時間稼ぎしてくれる人ですよ」


 この監視カメラの監視役には、緊急警報というものを鳴らし、地下全体に異常を知らせる役目がありました。この監視役をどうにかしなければ、警報に気づいた隊員が北と南の突入口へと集まり、扉が開口する前に中のロック解除役が捕まって侵入不可能になります。


 そしてもう一人、北と南の扉が開く間、ロックの場所に隊員が行かないよう地下一階から地下三階で時間稼ぎをする人。この人がいなければ、扉が開口途中で隊員に異変を気づかれた場合、突入失敗になりかねません。


 この二つの役割は、同時に他主義陰陽隊からの援軍を呼ばれないようにする効果もありました。下手に暴れると援軍を呼ばれかねないため、時間稼ぎ役がすることはそんなに大きなことではなく、小さな問題を起こすくらいのことでなければなりませんでした。


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