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          *


 再び時間を戻して、薙斗が鎌利率いる部隊を撤退に追い込んだ頃。


「追撃部隊の戦況を報告しろ! 鎌利は今どこにいる!」


 西の敵本陣にて。指揮官は鎌利の姿をこめかみに青筋を立て、怒鳴り散らしながら探していました。配置が完了した南西部隊から、鎌利が一部の部隊を引きつれて乾が率いる南部隊を追撃しに行ったという報告を受けたのです。


「報告します! 東部隊との連絡が途絶えました! 全滅の可能性があります! また、追撃部隊は敵の隊長の撃退に成功しましたが、その後屋敷内から攻撃を受け、東からの部隊に横槍を入れられ撤退。鎌利様は部隊を率いてこちらへと向かっている模様」


「勝手なことを……!」


「――ただいま戻りましたよ」


 指揮官が苛立ちを露わにしていると、その頭上から苛立ちの原因である男の声が降ってきます。かと思えば、その姿は突如自分の目の前に現れました。


「鎌利! 貴様、どういうつもりだ! 勝手に持ち場を離れ、挙句のはてに追撃だと!?」


「落ち着いてください、指揮官殿。そんなことより、そろそろ撤退命令を出した方がよさそうですよ」


 鎌利は指揮官の向こう側から、徐々に本陣を包囲し始める敵の西部隊を眺めてこう言いました。しかし、当然のことながら指揮官は受け入れません。


「鎌利、貴様は自分の立場がわかっていないようだな。指揮官はこの俺だ! 貴様の指図は受けん!」


「指揮官殿はこの匂いがわからないのですか」


「匂いだあ? なにをわけがわからないことを言っている! おい、こいつを拘束しろ!」


 指揮官が近くの隊員にそう命じると、隊員は慌てて手錠を持ち出し鎌利の手首に装着しました。


「も、申し訳ありません、鎌利様」


 隊員は指揮官には聞こえないよう、小声で鎌利に謝罪します。


「構わん。それより、各隊員に撤退時は本陣に構わず山を下りろと伝えろ。活路は俺がなんとしてでも開く。命を第一に行動しろ」


 鎌利が同じように小声で隊員にそう伝えると、隊員ははっきりと頷いてその場を去りました。それを確認すると、鎌利は木に寄り掛かり、拘束された片手で血が滲む自分の右の太ももを押さえます。


「完全に油断したな」


 砲撃を受けた後、混乱に陥った部隊を守ろうと前に出た鎌利は、東からやって来た部隊の隊長に狙撃をされたのです。


 あれは確か、時雨の補佐の薙斗といったか。しかし、もし薙斗であればあの射程距離なら間違いなく急所を狙えたはず。なぜ、急所を狙わなかったのか。


「……情けか」


 -―どうやら部下は上司とは違って随分と甘いらしい。となると、連絡が途絶えた東部隊も生きている可能性が高いな。


「南西部隊と北西部隊の出撃を開始しろ! 挟み撃ちにしてしまえ!」


 鎌利は上機嫌で指示を出す指揮官を眺めつつ、近くにいる隊員に声を掛けます。隊員は指揮官に見つからないよう、木の影に隠れて鎌利に近づきました。


「東部隊へは誰かが向かっているのか」


「いいえ、そのように進言したのですが、聞き入れてくださらず――か、鎌利様、血が!」


「俺はいい。東部隊の様子を二人くらいで見て来い。生きていれば拘束を解き、そのまま部隊をつれて山を下りろ」


「し、しかし本陣は?」


「長くはもたない。早く行け」


「……はっ。どうかご無事で」


 隊員が鎌利の指示に従い去ろうとした瞬間、指揮官がこちらを振り返りました。指揮官は目敏く隊員の後ろ姿を見つけます。


「おい貴様! どこへ行く!」


 隊員はその声に、恐れのあまり立ち止まってしまいました。


「東部隊の様子を見に行くよう、私が命じました。指揮官殿に進言しても聞き入れなかったとのことだったので」


 それを聞いた指揮官は、どすどすと鎌利の近くまで歩むと鎌利の胸倉を掴み殴り飛ばしました。その鎌利に隊員が駆け寄ります。


「鎌利様!」


「行け!」


 その言葉を聞いた隊員は、指揮官を睨み上げると東へと走り出しました。指揮官はその後ろ姿に銃口を向けます。


 鎌利は素早く枝を拾うと指揮官に向かって苦無のように投げつけ、指揮官が手にしていた拳銃に当てて銃身をずらしました。狙いがずれた拳銃から発砲された弾は隊員から逸れ、近くの木へと当たります。指揮官は、鎌利を鬼の形相で睨み付けました。


「鎌利ぃ!」


 銃口が鎌利に向いた瞬間、指揮官の背後から大きな悲鳴が上がりました。その状況に、指揮官も思わず後ろを振り返ります。悲鳴をあげているのは、自分の部隊でした。


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