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 次の日の朝、パパは重苦しい気分のまま家を出る支度を始めました。


「行きたくねえ」


 パパはそう呻くも、手は慣れないネクタイをきっちりと締めていました。と、玄関の方からコンコンコンとノック音がします。パパは気だるげに玄関の扉の鍵を開けました。


「よう」


 中に入って来たのは、龍壬でした。龍壬も普段はよれよれのシャツを着ているというのに、今日は背広姿です。


「はえーよ」


「遅れるよりはいいだろ」


 龍壬はパパの昨日と変わらない機嫌の悪さに飽きれながら、遠慮なくに家に上がります。出掛けるには、まだ少し時間がありました。パパは特になにも考えず、客間へと向かいます。龍壬と二人で話す時は、決まってこの客間を使うのでした。


(いぬい)、琴音と仲直りはしたのか?」


 龍壬はパパを乾と呼ぶと、客間のソファにどっしりと座り込み、無言で煙草をふかしているパパを半眼で見つめて問い掛けました。パパは向かいに座る龍壬に、紫煙を吹き掛けます。龍壬は顔にまとわりつくそれを不快そうに払いました。


「その様子じゃ、できてねえな」


「っるせえ」


 パパは四十代後半の男とは思えない程、幼稚な性格でした。そんなパパが、自分から娘に謝るなどするはずがなかったのです。


 しばらくの沈黙の後、龍壬が口火を切りました。


「に、してもこの時期に幹部会議とは珍しいな。いよいよ(さかずき)もお陀仏か?」


「……あんな奴いつ死んでも構わんと思ってたが、いざ後継者問題のことを考えるとな」


「盃の娘の輝夜(かぐや)だっけか。噂によると可愛いらしいけどな」


「名前どおりの容姿と性格らしい。――はたして、あいつはどう動くか」


「あいつ?」


時雨(しぐれ)だよ」


「ああー」


 龍壬はパパの苦虫を噛み潰したような、険しい表情を見て苦笑しました。時雨という名前だけで、パパの心中を察することが容易にできたのです。


「時雨は総指揮官になるつもりなんかないだろうが――輝夜と時雨の恋仲話が本当であれば、主導権は時雨にってことも考えられるな」


 龍壬は窓の外を眺めながらぼやきました。まだ日が出てから時間が経っておらず、家の塀の向こう側から頭だけを出している街灯は点いたままでした。


「なにを考えてるのかわからねえような腹黒男より、ちょっとデンジャラスな可愛い女の子に従う方がいいんだがな」


 乾は煙草を灰皿に押し付け、琴音が嫌うはしたない笑みを浮かべました。


「それより、琴音との喧嘩はどうすんだ。あいつももう年頃なんだし、適当な誤魔化しじゃ納得しねえぞ。いっそ、全部話しちまったらどうだ」


「馬鹿言ってんじゃねえよ」


「せめて、俺たちが所属してる陰陽隊の存在だけでも教えてやりゃいいじゃねえか」


「あいつのことだ。そんなもん教えちまったら、陰陽隊の内部についてまで聞いてくるに決まってんだろ。――なあ、(しず)


 パパは少し開かれた客間の扉に向かって声を掛けました。すると、扉がゆっくりと開かれ、和服の少女が姿を現します。


「なにこそこそしてんだよ」


「ネタ探しよ。そんなことより、琴音に陰陽隊のことを教えるって話だけど、あの子、時雨に会ったらびっくりするでしょうね」


 静はパパの隣に腰掛け、にっこり笑いました。


「妖は前世で深く関わった人間と現世でも出会う。やっぱり言えねえな」


「そうか」


 龍壬はなにを言っても無駄だと察し、これ以上口出しすることはしませんでした。


しかし龍壬は、どんなに閉じ込めて置いたとしても、いずれ子どもは巣立って行くということを知っていました。そして巣立った子どもは、その巣がどれだけ居所のいい場所だったかということを、初めて知るのです。


「――さて、そろそろ行くか」


「だな」


 龍壬と共にパパは立ち上がり、居間を出て行こうとしました。そこで、ふと思い立って振り返り、静に問い掛けます。


「お前も外に出たいと思う時があるか?」


「わたし、座敷童子よ。家から出たいなんて思わないわよ」


「そうか。……琴音を頼む」


「はいはい、行ってらっしゃい」


 パパと龍壬は、静に見送られながら仕事へと出掛けて行きました。


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