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「闇に乗じて遠方から攻撃し、一箇所に集めてから包囲しろ」
乾が隊員たちに指示を出すと、イヤホンからは次々と報告が入ってきます。
『南監視役より報告。たった今、敵部隊が結界の中へと侵入しました。敵部隊は南西へと進路を変えて進軍中』
『西の戦況を報告します。北西より伏兵を発見。北の敵部隊が一部分裂し、北西の伏兵と連結しました』
その報告を聞いた乾は、ようやく敵の思惑に気づきました。敵は西に十人程度の本陣を構え、それを餌に敵が攻めて来るのを待ち、攻めて来たところを北西と南西から包囲するつもりなのです。
このまま南西への突破を許せば、自軍の西部隊が壊滅的な被害を受けることは想像に難くありません。
なんとしてでも食い止めねえとやべえな。
そんなことを考えていると、多くの人間の足音が乾たちの真横から聞こえてきました。
「敵部隊を確認。これより敵部隊の側面を叩く。――攻撃開始!」
乾の号令と共に開始された攻撃に、敵部隊は混乱を極めました。頭上からは葉が弓矢のごとく降り注ぎ、地面は槍のように鋭く盛り上がり行く手を阻みます。
「報告します! 伏兵が出現しました! 夜闇に乗じて行動しているため、その姿は確認できません!」
悲痛な呻き声と血生臭さの中、悲鳴のような敵の報告が聞こえてきました。乾はその発言から、敵部隊が夜戦に慣れていないことを察します。
普段、夕方から夜にかけて活発に行動する妖を追いかけている特殊部隊にとっては、いくらか優位でした。敵部隊の報告役の声を頼りに、乾は数人の隊員をつれて敵の隊長の場所を探ります。
「部隊を二分化しろ。先頭の一隊は南西を目指して進行。もう一隊はここで足止めするんだ」
「……見つけた」
敵部隊の隊長の姿を確認すると、乾はすかさず札を取り出し、その札を隊長にかざして術を唱えます。
「枝蔓囚縛」
「――う、うわあああああ!」
乾が術を唱えると、木の枝が蔓のように変化し、敵の隊長の身体に巻きつきました。隊長の身体は五メートルほどの高さまで持ち上げられます。
と、乾は突然胸の痛みに襲われました。やはり、まだ完治はしていないようです。乾は内心、術が長くは保たないだろうと焦りを感じていました。
「隊長!」
敵の隊員が隊長に近づこうとしたところを、乾側の隊員が結界で防ぎます。乾は平静を装い囚われの身となった隊長に近寄りました。
「よう、隊長さんや。大人しくするってんなら命までは取らねえぞ」
乾は宙で暴れている隊長を見上げ、声を掛けます。
「ふざけるな! 敵なんぞに屈するか!」
「威勢がいいのは認めるが、懸かってるのはてめえの命だけじゃねえ。部隊員の命もだ。隊長として最優先にすべきことくらい、わかるよな?」
乾の台詞で、隊長は結界に阻まれ乾の隊員たちに命を狙われている自分の隊員に目を向けました。やがて、隊長の表情が諦めに変わると、乾の頭上から隊長のものではない声が降ってきます。
「――あなたこそ、病人として再優先すべきことがわかっていないようですねえ。こちらとしては好都合ですが」
その途端、隊長を拘束していた蔓は手裏剣のように回転する葉によって切断され、隊長の身体は柔らかい土の上へと落下しました。それを見届ける間もなく、乾は自身にも飛んでくるそれをなんとか避けます。
続けて相手は、その姿を見せることなく辺りに火の玉を放ちました。火の玉は木々へと燃え移り、辺りに広がり始めます。暗闇だった山の中は、昼間のように明るくなりました。
「やっべ。総員、森から撤退しろ!」
乾の指示を受けて、隊員たちは炎から逃げるように森から撤退を開始します。鎌利は隊長を開放し、その背後を見届けました。
「追撃は俺が引き受ける。お前はもう一部隊を引き連れて計画どおり南西から攻めろ」
「鎌利様、申し訳ございません! ありがとうございます!」
「行け」
「はっ!」
鎌利は隊長を行かせると、自分は追撃部隊として残った二十人を引き連れて炎を掻い潜り、乾の部隊を追いかけます。




