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          *


 時をやや戻して、敵本陣。木の陰から望遠鏡で屋敷の二階を見据えている男がいました。戦況を見極めるならば、屋敷周辺を囲う壁が届いていない二階と読んでいたのです。やがて、狙いどおり二階の部屋の南向きの窓から鳥類が飛び出してきます。


「……あそこですねえ」


 一匹のカラスが、空中旋回してこちらへ向かって来ました。男は近くの木から葉を数枚摘むと、そのうちの一枚に息を吹きかけます。すると、葉は手裏剣のように回転しながら空高く飛び立ち、カラスの胴体を引き裂きました。


カラスだったそれは紙くずに姿を変え、ひらひらと地面へ落下します。


「相変わらず、小賢しい術を使いますねえ。――どうしますか、指揮官殿」


「このまま全部隊待機せよ。鎌利(かまり)、お前はあの鳥の始末をしろ」


「はっ」


 鎌利と呼ばれた男は、指揮官の男に命じられると手頃な木に登り始めました。その動きはまるで忍びのようで、重力を感じさせない身のこなしです。


 鎌利はある程度の高さの枝に身を落ち着かせると、続いてこちらにやってくる気配を感じ取りました。正面から土壁の間を縫うように飛んで来る一羽、左右からの低空飛行で迫って来る二羽を確認すると、再び葉で正面、右、左という順で撃破していきます。


 撃破しながら、鎌利はあることに気づきました。正面からの一体は飛んで来る葉の方向を読み取り、右からきた一体は確実にこちらの姿を捉えていたのです。そして、最後の左の一体は、本陣の様子を窺っていました。


 鎌利は小さく舌打ちをすると、望遠鏡で敵陣を見据えます。が、そこには土壁があるだけで敵の様子までは見ることができません。


「敵の攻撃が完全に止まったぞ! 鎌利、お前しくじったんじゃないだろうな!」


 下から聞こえてくる耳障りな指揮官の声に、内心うんざりしながらもそれは表情に一切出さず丁寧な口調で答えます。


「申し訳ございません。しかし、このくらいのこと指揮官殿にとっては予想の範囲内でしょう。次こそは必ずそのご期待に副う働きを致しますよ。ご指示を願います」


「お前に言われずともわかっている!」


 指揮官は鎌利の慇懃無礼な態度に苛立ちを隠すことができません。敵に手の内を知られてしまったかも知れないという焦りも、その顔にはっきりと表されていました。


 と、しばらくして、指揮官にとっては幸いなことに敵部隊に動きがありました。突如、時雨側の西の部隊が土壁を盾として攻め込んで来たのです。


「かかったな! 全部隊計画どおり出撃しろ!」


 指揮官の命令を受けた隊員たちは、それぞれ事前の計画どおりに動き出します。鎌利は指揮官の勝ち誇った表情を影から見届けると、人知れず部隊から離れるのでした。


 部隊から離れた鎌利は、先ほど結界を破って入ってきた鳥居の前まで戻り、そっと鳥居の向こう側へ手を伸ばしました。すると、ばしっという音を立てて手が電流のような力によって弾かれます。


「やはり、閉ざされたか」


 鎌利はそう呟くと、鳥居に小型の爆破装置を取り付け、静かにその場を立ち去りました。



          *



「ったく、あの馬鹿。どういうつもりだ」


 南部の伏兵を命じられ、森の中で待機をしている乾は、撤退命令を下したきり連絡が途絶えた時雨に小さく悪態をつきます。時雨に南での待機のみを命じられていることに不満を抱えていた特殊部隊で編成された伏兵たちの怒りは、指揮官が音信不通となると、爆発寸前まで膨れ上がりました。


さすがの乾も一人で士気を保つのに苦労を要していたのです。


「隊長、俺たちこのままここで待機していていいんでしょうか」


「そもそも主戦力部隊総隊長が指揮を執ってんのも気に入らねえ。まるで俺たち特殊部隊は、主戦力部隊の使い走りじゃねえか」


「まあ、そう言ってやんなよ。もしかしたらあいつの読みどおり、こっち側にも敵がくるかもしれねえだろ。それを見越して俺たちを伏兵としてここに配置したということは、俺たちがあいつから信頼されてるってことだ。それに、そもそもここは主戦力部隊総隊長の領地なんだから、あいつが指揮を執るのは当然だろ。今は仲間割れなんかしてる場合じゃねえことくらい、お前らにもわかるよな?」


「もちろん、隊長の言ってることはわかります。でも、我々に姿を見せない指揮官を完全に信頼しろと言われても、直ぐにはできませんよ。こっちは命を懸けて戦っているんですから」


「だったら、俺を信じりゃいい。あいつが信用できねえなら、この部隊の指揮を担ってる俺を信じろ」


 乾はそう言い切りながら、琴音や静のことを考えていました。乾は結果的に自分の部下たちを騙し、妖である琴音と静を保護していたのです。


 信じろ、か。我ながらよくそんな綺麗ごとが言えたものだ。


 しかし忠実な特殊部隊員たちは、乾にそれ以上文句を言わなくなりました。乾はこうなることを見越して、特に自分に忠実だと思える隊員たちで部隊を編成したのです。隊員の自分に対する忠誠心を利用していたのでした。


「……すまねえな。もう少し、力を貸してやってくれ」


「隊長が謝ることなんてありません」


「ああ、俺たちは隊長についてくって決めたんだ。隊長がそう言うなら、俺たちは文句なんかねえよ」


 乾は涙ぐみそうになるのを、必死に歯を噛みしめて耐えます。が、その感情もイヤホンから聞こえてくる声によって一瞬で掻き消されました。


『こちら時雨。西部隊に告ぐ。これより敵陣に向け進軍を開始。特殊部隊は届く範囲まで結界で援護せよ』


「進軍が開始されたぞ! こっちも気を引き締めろ!」


「「「おう!」」」


 西の進軍が開始されてから少しして、イヤホンからは不吉な知らせが届きます。


『こちら西監視役。大葉城址公園にて敵の援軍を確認。人数は恐らく五十を超えています。――今、南側へと進軍を開始しました』


 それを聞いた途端、南部隊に緊張と焦りが走りました。敵部隊五十に対し、南部隊は特殊部隊のみの二十人程度しか配置していなかったのです。


『こちら東監視役。三十程度の敵の援軍を確認しました結界へ侵入します』


『南監視役です。たった今部隊を確認。間もなく結界に侵入します』


「まずいな……。全体で敵軍約百五十人に対して自軍主戦力部隊と特殊部隊合わせて百人程度か。だとすると、こっちの援軍は厳しいな」


『東側の敵部隊撃破後、薙斗補佐の部隊をそちらに回します。南はそれまでなんとか持ち堪えてください』


 指揮官の命令に、乾はやれやれと息を深くつきます。


「へいへい。――聞いたなお前ら。腹くくるぞ」


 隊員たちは乾の言葉に頷きました。そして、敵部隊への奇襲に備え、それぞれ木へ上ったり、茂みに身を潜めたりと位置につきます。


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