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「なんか、物々しいね」


「そうね」


「戦争ですからね」


 開け放たれた時雨の部屋から、時雨はぬっと縁側へ顔を出して答えます。笑顔でおいでおいでと猫でも呼ぶようなその姿からは、とても緊張感が窺えません。琴音と静は時雨の部屋へと行き、出された座布団の上に腰を下ろしました。


「玄関が騒がしいようですが」


「あの人が隊員に顔見せしたのよ」


「あわよくば、涼香にいいところを見せようという魂胆ですか」


「あら、よく知ってるわね」


「一応、十年ほど一緒に住みましたからね」


 琴音は乾と静と時雨が同じ屋根の下で生活した約十年間に興味を抱き、身を乗り出して問います。


「時雨さんはパパの元弟子なんですよね? 毎日どんなことしてたんですか?」


 琴音の質問に対して、時雨の反応は明るくありませんでした。突然琴音から視線を逸らして頬を掻きます。


「……隠れ鬼、ですかね」


「……隠れ鬼?」


 静は当時を思い出したらしく、くすくすと笑い出しました。


「そういえば、あんたいつも学校から帰ると家にいなかったわね」


「どうして?」


「乾に捕まると、体力作りのためと剣道に柔道の技の特訓をさせられた後、術についての座学、精神統一のための座禅、札の生成修行の書写、生成した札を使った実技という過密スケジュールをこなさなくてはならなかったので」


「それが嫌で、よく町中で隠れ鬼してたのよ」


「おかげで、忍び寄る気配には瞬時で気づけるようになりましたよ。油断すると小型麻酔銃で狙われますからね。今思えば、あれも一種の修行でした」


 普通の人間ならば、こんな現実離れしている過密スケジュールと壮絶な隠れ鬼が町中で繰り広げられていたと聞いても、俄かには信じ難いことでしょう。しかし、現実離れした妖がその話を聞かされると、不本意にも信じざるを得ないのでした。


「もしかして、パパの弟子を辞めたのもそのせい?」


 その琴音の問い掛けに、今度は静が琴音から視線を逸らしました。しかし、それを気に止める間さえ与えず、時雨が即答します。


「そんなところです」


「また、一緒に住めませんか。パパの家はまだ結界が張れてないし、またいつ誰から命を狙われるかわからないじゃないですか。それなら、まとまって助け合って生活した方がいいと思うんです」


 琴音は龍壬を救い出した暁には、この屋敷でみんなと暮らすことができないかと考えていました。龍壬があの家に執着する理由がわかった以上、龍壬をあそこで一人にしておきたくはなかったのです。


それに加え、みんなで暮らした方が絶対に楽しいという、そんな安易な考えを抱いていました。


「僕は構いませんよ。ただ、いつまでも君たちを本部に無断で保護しているわけにはいきませんから、そうなった場合はもちろん琴ちゃんと静にも入隊してもらいますが」


「それは……」


「乾は許さないでしょう」


 琴音は肩を落として見るからに落胆して頷きます。その様子を見て、すかさず時雨は問い掛けました。


「琴ちゃんは、仮に乾が入隊を許したら、共存陰陽隊に入隊したいと思いますか」


「わかりません。パパが入隊を許すなんて想像もできないし」


 琴音を組織から守るために、家からも自由に出さなかったほどです。そんな乾が、入隊を許可するとは到底思えませんでした。仮に、乾が一万歩譲って入隊を許可したとして、自分が戦争に加担するなどということも考えられませんでした。


 パパの許可が下りて、組織同士の戦争もなくて、時雨と一緒にいられるのであれば、すぐにでも入隊するのに。そんな琴音の甘い考えを見透かしたのか、時雨の表情は厳しくなりました。


「つまり、乾の許可なしでは自分で動けないということですか。――琴ちゃん、君はいつまで籠の鳥でいるつもりなんですか」


「えっ?」


 時雨の珍しく厳しい口調に、琴音は動揺を隠せません。


「本部を説得して乾の家に戻ったところで、前と同じですよ。家からろくに出してもらえない生活を、いつまで続ける気なんですか」


「でも、パパは家族なんです。確かに不満はありますけど、家を出て行って悲しませるようなことはしたくないんです」


「だから、籠の鳥でいるんですか。――都合のいい言い訳ですね。そうやって、親のせいにして保護された環境に居座っているだけでしょう」


「そんなこと――!」


「ないと言い切れますか。では聞きますが、君にとって家族とはどういうものなんですか。自分の自由を奪われてまで一緒にいなくては、切れてしまうようなそんな脆い関係なんですか」


 違う。琴音が言い返そうと口を開いた途端、文机の上に置かれたトランシーバーがじりじりと音を立て始めました。すると、玄関の方から聞こえてきていた声がぴたりと止みます。


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