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三人を乗せた車は、田舎道をひたすら走り続けます。辺りは街灯が少なければ民家も少なく、あるのは田畑と山と木々のみです。
屋敷があるあの場所も、川や田畑ばかりでそれなりには田舎でしたが、十五分ほど歩けばコンビニに辿り着けましたし、小学校や高校もありました。しかしここは、それらしい建築物すら見当たりません。
代わりに木々の間から見える星が、街にいる時よりも一層美しく見えました。
こんな田舎に旅館なんて作って、需要があるのだろうか。琴音はそんなことを考えていましたが、意外と観光客で賑わっていたことを思い出します。もしかしたら、都会の喧騒から離れられる田舎だからこそ、人気があるのかも知れない。
しかし、他主義陰陽隊の息がかかった旅館であることには間違いありません。
「ねえ、あの旅館、あのままにしておくの? それとも、潰しちゃうの?」
たとえ敵のものであったとしても、なんだか潰してしまうのは勿体ないような気がしました。それに、あれだけの観光客を獲得しているにも関わらず潰してしまうなんて、不審に思われかねません。
「他主義陰陽隊の息がかかった施設は潰すのが原則だが、あそこは割と世間に知れ渡ってるからな。制圧したら恐らく、共存陰陽隊が取り次ぐんだろう」
「そんな、制圧なんて強引な。一般のお客さんはどうするの?」
「制圧するのは、あの旅館でなく拠点だ。隠密担当によれば、あの旅館の地下にあいつらの拠点があるらしい。そこの制圧は、乾さんにも協力してもらう」
制圧には乾も加わると聞いた途端、静が身を乗り出して抗議します。
「ちょっと待って、あの人はまだ病み上がりよ。主戦力部隊だけでなんとかできないの?」
「本部は今回の謀反は、乾さんと龍壬の共犯なんじゃないかと考えてる。時雨は乾さんを龍壬が率いる部隊と対立させることで、その疑惑を晴らすつもりだ」
つまり、仮に乾がなにもしなかった場合、後々困るのは乾自身だということのようです。薙斗から理由を聞くと、静は悔しそうに身を引きました。首謀者が乾の補佐である龍壬である以上、本部が乾を疑うのも無理はありません。
本部に無許可で妖を保護していたという事実も手伝って、本部の乾を見る目は厳しいようでした。
「もし、あの人になにかあったら、許さないわよ」
「共存陰陽隊には、お前たちのようにあの人を慕う人間は多いからな。あの人を失えば、特殊部隊全体が共存陰陽隊に対し謀反を起こしかねない。本部は、そんなこと是が非でも避けたいだろう。――大丈夫だ。時雨だって、それくらいのことはわかってる」
静の負け惜しみのような言葉に、薙斗は真摯な態度で応対します。静は不服そうにしていましたが、それ以上なにも言いませんでした。
それから約三十分。田舎道をようやく抜け出し、大通りまで辿り着きました。そこは商店街のようにお土産屋が連なっており、そのどれもが今の時間は営業をしておらず、シャッターで出入り口を閉めていました。
琴音はそこでようやく自分の端末で現時刻を確認します。端末の液晶には、「18:37」と大きく表示されていました。
「閉まるの、早くない?」
「そんなもんだろ」
「今更だけど、ここってどこなの?」
琴音は窓の外を眺めながら問います。大通りに出ると、やたらと温泉宿の看板を見かけました。どうやら温泉で有名な地域のようです。
「本当に今更だな。ここは箱根だ」
「箱根!? すごーい! 初めて来たー!」
神奈川の観光名所の一つとして紹介されているのを、テレビでしか見たことがなかった琴音は、実際にその場に自分がいたということに、今更ながら感動しました。しかし、すぐに静と同じような悔しさが滲み出てきます。
「温泉入りたかった」
「いいじゃない、あんたは時雨の家で露天風呂に入ったんでしょ」
「でも、箱根に来たらやっぱり温泉には入りたいでしょ。露天風呂と温泉の違いはよくわからないけど」
「湯の成分が違うだけで、どっちも風呂であることに変わりはねえよ」
妖二人の会話を呆れながら聞いていた薙斗は、つい口を出してしまうのでした。
それから高速道路へと乗り箱根を出ると、さらに一時間ほどで乾が入院しているという市民病院に到着しました。その市民病院というのも、屋敷から徒歩で行けてしまうくらいの場所にあり、意外と近い所に乾がいたという事実に琴音は驚きを隠せませんでした。
「もっと早くここにパパがいるって教えてくれたら、お見舞いに行けたのに」
「この市民病院は、共存主義陰陽隊の管轄下にある。捕獲されたかったか?」
「……いいえ」
薙斗は車を病院の裏口の前へ停め、車を降りました。琴音と静も続いて降ります。しかし、薙斗は裏口から中に入ろうとはしませんでした。
「ここは一階から六階までが一般人用の病院で、地下一階から地下六階までが共存陰陽隊専用の病院になってる。院長は地上と地下とで二人いて、その二人とここで働く医者と看護師は医療部の人間だ」
「医療部ってことは、涼香の上司もいるの?」
「あいつは今、医療部の中でも枠が一つしかない主戦専属だから直属の上司はいないが、地下の医院長をやってる氷月さんは涼香の元上司だ」
「……ねえ、どうして裏口で待機してるのよ」
乾に早く会いたいのか、先ほどからそわそわとしていた静が我慢の限界に達して口を出します。
「裏口が地下に続くエレベーターに近いからな。乾さんとはここで待ち合わせてる」
「あたしたちから迎えに行かないの?」
「十分経って来なかったらそうするつもりだ」
薙斗は煙草をふかしながらこう言います。その意味がわからず、琴音は首を傾げました。
「氷月さんから退院許可が下りなかったから、脱走するらしい」
「……それっていいの?」
「いいわけねえだろ。だが、緊急事態だからな」
脱走とは、いかにも乾が考えそうなことです。
五分ほどすると、裏口の金属製の扉が音を立てて開きました。中からは、倒れた時と同じ背広姿の乾が、指でVサインを作って出てきます。散々心配させておいた割に、とても元気そうでした。
「「パパ!」」
琴音と静は乾の姿を認めると、我先にと乾の元へ駆け寄ります。乾はそれを両手で受け止めました。
「琴音も静も、心配掛けたな」
「パパぁ、よかった……生きててよかったよぉ」
「おいおい、勝手に殺すんじゃねえよ」
乾は苦笑しながら、涙目で自分の身体にしがみつきながら鼻を啜っている琴音の頭を撫でます。静はその様子を近くで眺めていました。
「もう、大丈夫なの?」
静が声をかけると、乾は爽やかな笑顔を浮かべます。
「ああ、もうこの病院に悔いはない」
「は?」
「美人看護師の連絡先はちゃんとこの端末に――」
と、乾がシャツのポケットから高らかに自分の端末を取り出すと、なにかがその端末を貫きました。乾の手から落ちた端末の液晶はばりばりに割れ、銀色に輝くナイフのようなものが顔を出しています。メスでした。




