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「――ね! 琴音っ!」
鼓膜を突き破るかのような大声が耳に伝わると、琴音ははっと顔を上げました。心配そうに眉を潜めた少女の顔が目の前にあります。
「し、静……?」
「よかった。無事みたいね」
それは、間違いなく座敷童子の静の顔でした。暗い空間の中で、静の白い肌はよく映えます。琴音は横たわっている自分の体を起こそうと力を入れるも、手足がなにかに拘束されていて思うように動くことができませんでした。
いつの間にか、手錠は外され、代わりにガムテープが琴音の手足を拘束しています。静の手足も同じように巻きつけられていました。
「ここ、どこ?」
「地下牢みたいなところ」
静はため息をついて壁に寄り掛かりました。
周りを見回してみると、そこは四畳ほどの広さがある地下牢でした。いえ、地下牢というより、留置場という表現の方が似つかわしいかも知れません。目の前には冷たい色をした鉄格子と扉があり、その向こう側の空間には仕事机と椅子が設置されています。
椅子には、親切に琴音のバッグと静のバッグが掛けられていました。窓は琴音の背の二倍の高さの場所にあるだけで、明かりはその窓から差し込む月明かりだけです。
「静、なにがあったの?」
「あんたと同じよ」
「静も、龍壬さんに?」
「あんたと別れた後、温泉旅館まで連れて来られたの。到着して部屋に案内されるなり、縛られてそのまま地下に閉じ込められたのよ」
静は背を壁に預け、膝を立てて不機嫌そうな声でこう言いました。
「せっかく旅館に来てるのに温泉すら入れてもらえないなんて。食事はおいしいけど」
「怒るところ、そこじゃないよね」
しかし、普通の温泉旅館の地下にこんな牢屋があるなんておかしな話です。この旅館も、陰陽隊の息がかかっているということは間違いなさそうでした。
「静は、知ってたの?」
「なにが」
「龍壬さんの過去」
「龍壬さんが家に来る前から、パパから聞いて知ってたわよ」
やっぱり、なにも知らなかったのはあたしだけ。琴音は悔しさから下唇に噛みつきました。
「因みに、龍壬さんがなにをしようとしてるのかも、あんたに時雨のことを探させようとした時点で気づいてた」
「……どういうこと?」
「清才の子孫である時雨の存在は、共存陰陽隊の中では象徴のようなものなの。唯一、清才の血を引いた子孫。その肩書きのせいで、時雨は他主義陰陽隊から目をつけられていて、居場所は共存陰陽隊の中でも極秘だったのよ。時雨の居場所を知りたがるのは、暗殺者くらいなもんだわ。龍壬さんは、前世で清才と縁が深かったあんたを利用して、時雨の居場所を突き止めようと考えたんでしょうね」
前世で縁が深かった者とは、今世でも縁を持つ。そして、前世と同じような運命を辿るというのが、何度も生まれ変わっている静の見解でした。龍壬はそれを利用したのです。まさかそのとおりになるとは、琴音自身驚きでした。
「――で、でも、龍壬さんは時雨さんに助けを求めようとしてただけかもよ?」
「妖を本部に無断で保護しただけで死刑になるなんて、そんな勘違い、特殊部隊総隊長補佐がするわけないでしょ」
琴音は、はっと時雨の台詞を思い出しました。
『助けるもなにも、妖を無断で保護しただけで死刑になるわけではありませんよ。なんらかのお咎めはあるでしょうが、始末書ぐらいで済む話です』
時雨も、龍壬が自分を殺そうとしていることに気づいていたのかも知れません。そうだとしたら、なぜ時雨はわざわざ龍壬の家に赴いたりしたのでしょう。――いえ、それよりも、今は別の疑問が琴音の頭の中のほとんどを占めていました。
「龍壬さんが時雨さんを殺すつもりだったって知ってて、どうして止めなかったの」
琴音は自分がなにもできなかったことを棚に上げて、静を責めるような口調で問いました。
「止められなかったのよ。パパが瀕死にさせられた時、同じく会議に出席していた龍壬さんにはアリバイがあったわ。だから、パパを瀕死にさせたのは他の奴ってことになる。そして、パパが瀕死になったことで、わたしたちは龍壬さんを頼らずにはいられなくなった。仮にこれが、ある組織の計画的な犯行であったとして、龍壬さんがその犯行組織に脅されて行動してるとしたら、止められないでしょう」
もし、龍壬が何者かに命を脅されていた場合、組織の言うとおり行動しなければ危険になるのは龍壬です。静はそれを避けるために敢えて龍壬に従ったのでした。
「龍壬さんは、誰かに脅されてるの?」
「わからないわ。ただ一つ、龍壬さんがわたしたち妖を恨んでるわけじゃないことは確かみたいね」
「えっ?」
「ほらあそこ、見てみなさい」
と、静は顎を使って鉄格子の向こうを示しました。よく見てみると、仕事机の上で何かが月明かりを浴びて銀色に輝いています。
「きっと、この鉄格子の鍵よ。琴音、術を解いてみて」
「う、うん」
琴音は言われるがまま、術を解くことを試みます。すると、琴音の身体は瞬きをする間もなく、ぽんっと消えてしまいました。
ばさばさと落ちた洋服の中からは、ふわふわとした小さな耳に、身体のわりに大きな尻尾、そして垂れ気味のまん丸い目が特徴的な、狸とモモンガを足して二で割ったような小動物がもぞもぞと顔を出します。
手錠の時は戻れなかったものの、ガムテープでは簡単に戻ることができたのです。
「鉄格子の間、通り抜けられるでしょ」
「静、頭いい!」
調子のいい琴音は、静の指示どおり鉄格子の間をすり抜け、机の脚をよじ登り机から鍵を咥えると、鉄格子に飛び移って静の方に鍵を放りました。そして、鉄格子の向こうへ戻り、静の手足を拘束するガムテープを剥がしてやります。
手足が自由になった静は、「さて」と声を掛け、正座をして再び人間に戻り着替え終えた琴音を見据えました。
「琴音。今、選びなさい」
「なにを?」
変に真剣な静を前に、琴音は身構えました。
「隠世に戻るか、現世に残るかよ。龍壬さんは、わたしたちが逃げられるようにわかりやすく材料を揃えて置いてくれたわ。きっと、これ以上は関わるんじゃないってことだと思う。それに、あの人もそう言うはずよ」
「なに言ってるの? なんで今更、パパや龍壬さんを見捨てるようなこと……」
「あんたは、わたしたちのことを家族だと思ってたかも知れない。わたしだって、四人での生活はそれなりに楽しかった。でも、あれは『家族ごっこ』だったのよ。龍壬さんは、動機はどうあれ、わたしたちと共存陰陽隊を裏切った。パパだって、わたしたちの存在が共存陰陽隊に知れた上、補佐の監督不行届きで処罰は免れない。もう、どうやったって元には戻れないのよ。それでもあんたは、現世にいたいの?」
琴音は、まるで冷や水を顔にぶちまけられた気分でした。「家族ごっこ」という言葉が、琴音の耳にこだまします。




