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「恨みはない。だが、お前にはここで死んでもらう。今、屋敷にいる女もだ」


 屋敷にいる女と聞いて、琴音の頭には涼香の顔が浮かびました。


「その口ぶりでは、結界を解く札も見つかったようですね」


「乾が後生大事に部屋の机の引き出しに入れてたのを思い出してな。ありがたく頂戴したぜ」


 今、目の前にいる龍壬は、琴音が知っている龍壬ではありませんでした。このように人の悪そうな笑みを浮かべる龍壬は、見たことがありません。


「命を狙われる心当たりが多すぎて困りましたね」


「どうせ死ぬんだ。知る必要もねえだろ」


「やめて、龍壬さん!」


 時雨の眉間に銃口を向けた龍壬を見た琴音は、咄嗟に悲鳴をあげました。そんな緊迫した空間であるにも関わらず、時雨は場違いなほど冷静です。


「まあまあ、桜月(さつき)さんへの冥土の土産にでもするので、裏切りの理由を教えてくれませんか」


 龍壬は時雨の口から発せられた「桜月」という名前を聞くと、引き金に掛けかけた指を止めました。時雨はその様子を見て、更に畳み掛けます。


「妖と共存陰陽隊への復讐ですか。――君は今から七年ほど前に、妖によって妻の桜月さんとお腹の中にいた子どもを殺されていますね」


「え……?」


 琴音は時雨の言葉が信じられませんでした。一度だって、龍壬本人からはもちろん、乾からもそんな話は聞いたことがなかったのです。


しかし、先ほど見た開かずの間のベビーベッドに女が使うようなドレッサー、そして龍壬の趣味とは思えないからくり時計は、いずれも時雨が口にした事を裏付けるには十分な物たちでした。


 龍壬は先ほどと同じように、感情が読み取れない表情を浮かべたまま、時雨の言葉に耳を傾けています。


「特殊部隊に要請を出すも、本部は受け入れず、最終的に証拠不十分として桜月さんの死は自殺で処理。そして、不憫に思った特殊部隊総隊長の乾は、あなたを自身の補佐として推薦した。それだけでもさぞかし屈辱的だったでしょう。そんな精神状態の中で、君の妻子を殺した同属の妖との生活はいかがでしたか」


 時雨の挑発的な口調は、龍壬だけでなく琴音の心をも突き刺しました。


 あたしは、そんなことも知らずに龍壬を本当の家族だと思い込んでいたのか。あたしの存在は、どれほど龍壬のことを傷つけていたのだろう。


「ごめんなさい……ごめんなさい、龍壬さん。あたし、なにも知らなかったの。あたしは――あたしはただ……!」


 家族になりたかった。その思いだけで、琴音は龍壬に近づいたのです。しかし、それは結果的に龍壬を傷つけていました。笑顔の裏で、龍壬は一体どれほどあたしを怨んだだろう。どれほど憎んだだろう。


そう考えただけで、胸が張り裂けそうなほど痛みました。


 一方、龍壬はじっと目を閉じ、苦痛に耐えるかのように顔を歪めています。


「黙れ」


 絞り出すかのような低い声でした。


 その時、からくり時計が午後三時を知らせました。この場には不釣り合いな楽しげな音楽と共に、人形たちは家型の時計の中から扉を開けて出て来て音楽に合わせてそれぞれ自由に踊り始めます。龍壬はそれに見向きもせず、銃口だけを向けました。


 ――ダンッ!


 短い音と共に、からくり時計の人形は撃ち抜かれ、時計は床へと落ちて粉々になりました。琴音が初めて遊びに来た時から――いえ、それ以前からずっと時を刻み続けてきた時計は、無残な姿となってまでも時を刻もうと秒針を動かします。


「次はお前だ」


「だめ!」


 龍壬は再び、時雨に銃口を向けました。琴音は拘束から逃れるため、術を解いて狸の姿に戻ろうとします。しかし、薙斗と出会った時と同様、術は解けませんでした。


ならば力づくでと暴れますが、男の力に敵うはずもなく、首を締め上げられて直ぐに身動きを封じられてしまいました。


 ――もうだめかと思われた次の瞬間。外の方からなにかが爆発したかのような音が聞こえてきました。続いて、男たちの呻き声のようなものも聞こえてきます。その場にいた誰もが一瞬、外の方へ視線を移しました。


 再び時雨の方を向いた時。時雨の近くで見張っていた男二人は、力なく崩れるようにして床へと倒れ込みました。


「うちの補佐は、どこかの部隊の補佐と違って優秀なんですよ」


 崩れ落ちた男の背後には、拳銃を二丁構えた薙斗が立っています。二つの銃口は龍壬を捉えていました。


「また、お会いしましょう」


 時雨が言い終わらないうちに、薙斗は引き金を引きました。と、銃口からは凄まじい勢いで白煙が発射し、たちまち部屋を覆い尽くして視界を奪います。


「時雨さん!」


 白煙に怯んだ男の腕を振りほどき、琴音は懸命に時雨と薙斗の姿を探しました。と、直ぐ隣に気配を感じます。


「静を頼みます。今夜、迎えをよこしますから」


 そんな小さな声が、耳元で聞こえたかと思うと、その気配は煙のように消えてしまいました。琴音が気配を追おうとすると、何者かに腕を取られ物凄い力で引っ張られてしまいます。そして、気づいた時には腹部に強い衝撃を感じていました。


 琴音は意識を失う前、誰かの悲しげな顔を見ました。それが龍壬のものだということを認識しながら、深い暗闇の中へと落ちていくのでした。


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