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その後、涼香は「簡単なものだけど」と言いながら定食のようなものを出してきました。ひじきが入った鳥肉の和風ハンバーグに、小松菜のお浸し、そしてお新香とお味噌汁と白米。感動するほど純日本食でした。


「いただきます!」


「どうぞ、お口に合えばいいけど」


 和風ハンバーグを一口食べると、鶏肉とは思えない程柔らかい食感でした。ポン酢との相性もよく、少しだけしょうがの風味がします。


「柔らかくて美味しい! これ、どうやって作ってるんですか?」


「お豆腐を多めに入れてるのよ。琴音ちゃんは、お料理好きなの?」


「はい! 兄と一緒によく作ってました」


 涼香は笑顔を作って琴音に優しく声を掛けます。


「きっと、優しいお兄さんなのね。……そうだ、わたし琴音ちゃんのお部屋を用意してくるわね」


 そう言うと、涼香は忙しそうに居間から出て行ってしまいました。その涼香と入れ替わるようにして、今度は缶ビールを片手に持った薙斗が入ってきます。


「足は手当てしてもらったか」


「あ、うん」


 誠に不本意ではありましたが、薙斗のおかげでこうして涼香の温かい食事を口にすることができたため、琴音は怒りを鎮めて態度を改めます。


「神主に連絡してたの?」


「ああ。お前の処遇だが、しばらくここで預かることになった」


 琴音は薙斗にそう言われるも、素直には喜べませんでした。脳裏には、パパと龍壬と静の顔が浮かびます。


「置いてくれるのはありがたいけど、あたし人を探してるの。早く見つけないと家族が……」


「そのことだが、誰を探してるのか教えてくれさえすればできる限りこっちも協力してやる。俺も神主も多方面で顔は広い方だからな」


「ほんと!? じゃあ……」


 なんて幸運なんだろう。と、琴音は薙斗の言葉どおり協力を得ようと身を乗り出しました。しかし、直ぐに思い留まって考えます。はたして、薙斗に時雨探しを任せてよいものか。つい先ほど騙されたことを思い出して、どうしても完全には信用できませんでした。


「やっぱり、まだ考えさせて」


「そうだな、無闇に他人を信用しない方がいい。そっちに時間があるなら、俺は構わないが」


 時間はあまりありません。しかも、頼れる人間も今は薙斗しかいませんでした。パパや龍壬や静は、今頃どこでなにをしているのだろう。牢獄に閉じ込められたり、酷い拷問にあっていたりしていないだろうか。


「そんな顔で飯食ってるとまずくなんぞ」


「うるさい」


 琴音は気を紛らわせるようにハンバーグを頬張りました。


 食事を終えた頃、琴音の部屋を整えた涼香が戻ってきました。すると、薙斗を見つけるなり、琴音が捻挫しているのにも関わらず歩かせたことを咎めます。


「あんた馬鹿なの? 捻挫した女の子を歩かせるなんて」


「俺はおぶると何度も言った」


「琴音ちゃん、覚えてらっしゃい。口だけの男って最低よ」


「はーい」


 薙斗は涼香には勝てないらしく、口喧嘩では劣勢でした。女二人に敵わなかった薙斗は、「寝る」とだけ言って自室に戻って行きました。


「さあ、琴音ちゃんもお部屋が用意できたから、ついて来てちょうだい。食器はわたしが後で片づけるから、そこに置いておいて大丈夫よ」


「すみません、ごちそうさまでした」


 居間を出ると、再び神主の部屋の方へと向かって行きました。涼香が用意したのは、玄関を挟んで客間の西向かいの和室でした。六畳ほどのこぢんまりとした部屋ですが、家具も一通り揃っていて落ち着いた雰囲気です。部屋には既に布団が敷かれており、その上には丁寧に畳まれた浴衣が置かれています。


「ここと、あと隣の和室も好きに使って平気よ」


 涼香はそういって和室の襖を開けると、更に十畳ほどの和室が現れました。その部屋は角部屋で、四方を襖で仕切られていました。涼香が開けた襖から十畳の和室を突き抜けると、庭が見える縁側へと出ます。


すると、香の匂いがまた琴音の鼻孔をくすぐりました。庭には、神主の部屋から見た池と同じ池が見えたこともあり、神主の部屋が十畳の和室の北向かいにあることがわかります。


「お手洗いは、この通りを真っ直ぐ行った突き当りにあるのが一番近いわ」


 涼香は縁側を右方向に指差します。その方向は、神主の部屋の前を通る道でした。逆に左方向の通りへ行き角を曲がると、琴音の部屋の横を通って玄関に繋がるようです。


琴音は頭の中で屋敷の見取り図を組み立てて、なんとか迷子にだけはならないようにしようと努めました。


「うふふ、明日にでもまたきちんとお部屋を案内してあげるわ」


 涼香はそんな琴音の様子を見て察したのか、琴音を安心させるような口調でこう言いました。


「本当に、ありがとうございます」


 琴音は深々と頭を下げました。そんな琴音を見て、涼香はまた、くすくすと笑います。家政婦に対してどこまでも律儀な琴音を面白いと感じるのと同時に、好感を抱いているようでした。


そんなこととは知らず、琴音はおかしなことをしてしまったかな、と目を丸くしています。


「ゆっくり休んでね」


「あ、はい、おやすみなさい」


 琴音は居間へと戻って行く涼香を見送り、布団と着替えが用意された六畳の和室へと戻りました。一先ず、今まで後生大事に持っていたハンドバッグを下ろして、浴衣に着替えます。


 着替えて一息ついてから、ハンドバッグから龍壬に渡された端末を取り出しました。相変わらず着信通知は来ていません。琴音は、龍壬の番号に掛けてみました。しかし、前回と同様感情の籠らない女の声が龍壬の端末との回線が繋がらないことを告げるだけでした。


 琴音は諦めて端末をしまい、布団に入って目を閉じてみました。龍壬や静は今どこにいるのか。無事でいてくれているのか。パパはもう目が覚めただろうか。そんな思考がぐるぐる頭の中を駆け巡り、案の定寝付けそうにはありません。


身体はとてつもなく疲れているはずなのに、目が変に冴えて何度も寝返りを打ってしまいます。広いせいか、生活音はまるで聞こえてきませんでした。琴音は静寂の中で、幾度となくごろごろ布団の中で転がりました。


 どれくらいそうしていたでしょう。時計がない部屋のため、現在の時刻がわからずにいました。琴音の感覚としては、もう一時間はそうしていた気がします。琴音は居間へ行って水をもらいに行こうと布団から這い起きました。


 遠回りして行こうと庭が見える縁側に出ると、相変わらず香のいい匂いがふわふわと漂っていました。琴音は居間に向かうのを止めて、香に誘われるようにして右に向かって歩き出します。


 襖が開け放たれた部屋を覗くと、神主はまだ帰っていないようでした。琴音が先ほど通った時のまま、着物がまるで部屋主の抜け殻のように脱ぎ捨てられています。


神主の部屋には木製の壁掛け時計があるため、時刻を確認することができました。午後八時三十分。まだあまり遅くない時間帯だったことに驚きました。


 琴音は悪いと思いつつ、神主の部屋に足を踏み込みました。特になにかしようというわけではなく、ただ香が漂っているこの空間にいたかったのです。


部屋の隅に置かれた座布団の山を発見すると、そのままその横に腰を下ろして山に寄り掛かりました。すると不思議なことに、龍壬や静と別れてから初めて、心からの安らぎというものが得られたように思えました。


 心が安らぐと、睡魔が琴音を襲い始ました。いけないと思いつつも、瞼は重くなっていきます。


次、目覚めた時にはもしかしたらいつもの部屋にいるかも知れない。これが全て夢で、パパも元気で、龍壬さんが朝食を作ってくれて、静が小説を書いている、いつもの日常がきっと。


――琴音は微かに希望を抱きながら、ついに瞼を完全に閉じて、深い眠りへと落ちていきました。


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