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「しかし、心がそう大差ないからこそ、相容れぬのかもしれません」
琴音の眼前に迫った清才の綺麗な両手は、するりと琴音の細い首に伸びました。そして、その両手には徐々に力が籠められていきます。
「せ……さい……さ……ま」
琴音は苦しみの中で、涙を流しながら自分の首を絞める主の姿を見ました。
――忘れなきゃ。……そう、全て間違い。大丈夫。あの方が、こんなことするはずない。誰よりも、共存を願っていたあの方が。
琴音は自分にこう言い聞かせながら、夢の中で目を閉じました。
苦しみの中で夢から目覚めた琴音の目からは、涙がこぼれ落ちました。まだ荒い呼吸を整えながら辺りを見回すと、日は昇っておらず、月明かりが縁側から入り込んでいました。
琴音は今まで自分が見ていた夢の後半を覚えていませんでした。自分が殺した清才の弟子たちの屍に恐怖し、罪悪感に苛まれる夢。琴音の記憶にはそれしか残っていませんでした。
琴音は布団から這い出ると、立ち上がって縁側から見える月を眺めました。すると、玄関の方から人の気配がします。
「……おや、琴ちゃん。まだ起きていたんですか」
今帰って来たらしい軍服姿の時雨は、目を丸くして月を見上げる琴音を見ました。しかし琴音は反応を見せず、月に目をやったままぽつりと言葉を発し出します。
「時雨さん」
「はい」
「わたし、自分が死んだ時のこと、よく覚えていないんです。妖なら、自分がどうして死んだのかわかるはずなのに」
琴音はあの夢が、前世の自分の死に関係しているように思えてなりませんでした。大事なことを忘れている。あの死体は、本当に自分が殺した者たちなのかさえわかりませんでした。
「怖いんです。もしかしたら、いつかみんなのことを殺してしまうかも知れない」
「……琴ちゃん」
時雨は震える琴音の手を握りました。琴音はそんな時雨の顔を見上げます。時雨は清才と同じ笑みを浮かべていました。そして、こう言い放ちます。
「自惚れないでください」
「……え?」
「共存陰陽隊員は、簡単に殺されるような非力な人間の集団ではありません。――それに、死んだ時の記憶がないというのは、いいことじゃないですか。それとも君は、迫り来る死に怯えながら生きていたいんですか」
僕のように。時雨はこの言葉を飲み込みました。
時雨の言葉を聞いた琴音は、目を見開きました。そしてやがて、笑顔で大きく頷きます。
「そう、ですよね。あたし、また変な夢見ちゃって、ちょっと動揺してたみたい。ごめんなさい、変なこと言って」
こんな夢に怯えているようでは、強くなんてなれない。琴音は時雨の手を握り返します。
「あたし、強くなります。もう龍壬さんに泣き虫なんて思われないように、みんなを守れるようになるくらい、強くなります。それで、清才様が造った陰陽隊の行く末を見届けたいんです。だから……この命尽きるまで、時雨さんのおそばに置いて頂けますか」
琴音は時雨の目を真っ直ぐ見つめて問い掛けます。琴音の茶色い瞳に見つめられた時雨は、琴音の手を両手で包み込みました。
「よろしくお願いします」
時雨はいつもの得意の笑顔でこう答えるのでした。
なにはともあれ、四月も中旬。桜も気がつけば目にも鮮やかな新緑の葉を纏うようになり、涼香が新しく庭に植えていた花の芽も、次第に地上へと顔を出し始めていました。
春の夜も次第に温かくなり、月は新たな息吹を静かに見守るかのように下界を照らすのでした――




