表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/126

19

「しかし、心がそう大差ないからこそ、相容れぬのかもしれません」


 琴音の眼前に迫った清才の綺麗な両手は、するりと琴音の細い首に伸びました。そして、その両手には徐々に力が籠められていきます。


「せ……さい……さ……ま」


 琴音は苦しみの中で、涙を流しながら自分の首を絞める主の姿を見ました。


 ――忘れなきゃ。……そう、全て間違い。大丈夫。あの方が、こんなことするはずない。誰よりも、共存を願っていたあの方が。


 琴音は自分にこう言い聞かせながら、夢の中で目を閉じました。



 苦しみの中で夢から目覚めた琴音の目からは、涙がこぼれ落ちました。まだ荒い呼吸を整えながら辺りを見回すと、日は昇っておらず、月明かりが縁側から入り込んでいました。


 琴音は今まで自分が見ていた夢の後半を覚えていませんでした。自分が殺した清才の弟子たちの屍に恐怖し、罪悪感に苛まれる夢。琴音の記憶にはそれしか残っていませんでした。


 琴音は布団から這い出ると、立ち上がって縁側から見える月を眺めました。すると、玄関の方から人の気配がします。


「……おや、琴ちゃん。まだ起きていたんですか」


 今帰って来たらしい軍服姿の時雨は、目を丸くして月を見上げる琴音を見ました。しかし琴音は反応を見せず、月に目をやったままぽつりと言葉を発し出します。


「時雨さん」


「はい」


「わたし、自分が死んだ時のこと、よく覚えていないんです。妖なら、自分がどうして死んだのかわかるはずなのに」


 琴音はあの夢が、前世の自分の死に関係しているように思えてなりませんでした。大事なことを忘れている。あの死体は、本当に自分が殺した者たちなのかさえわかりませんでした。


「怖いんです。もしかしたら、いつかみんなのことを殺してしまうかも知れない」


「……琴ちゃん」


 時雨は震える琴音の手を握りました。琴音はそんな時雨の顔を見上げます。時雨は清才と同じ笑みを浮かべていました。そして、こう言い放ちます。


「自惚れないでください」


「……え?」


「共存陰陽隊員は、簡単に殺されるような非力な人間の集団ではありません。――それに、死んだ時の記憶がないというのは、いいことじゃないですか。それとも君は、迫り来る死に怯えながら生きていたいんですか」


 僕のように。時雨はこの言葉を飲み込みました。


 時雨の言葉を聞いた琴音は、目を見開きました。そしてやがて、笑顔で大きく頷きます。


「そう、ですよね。あたし、また変な夢見ちゃって、ちょっと動揺してたみたい。ごめんなさい、変なこと言って」


 こんな夢に怯えているようでは、強くなんてなれない。琴音は時雨の手を握り返します。


「あたし、強くなります。もう龍壬さんに泣き虫なんて思われないように、みんなを守れるようになるくらい、強くなります。それで、清才様が造った陰陽隊の行く末を見届けたいんです。だから……この命尽きるまで、時雨さんのおそばに置いて頂けますか」


 琴音は時雨の目を真っ直ぐ見つめて問い掛けます。琴音の茶色い瞳に見つめられた時雨は、琴音の手を両手で包み込みました。


「よろしくお願いします」


 時雨はいつもの得意の笑顔でこう答えるのでした。


 なにはともあれ、四月も中旬。桜も気がつけば目にも鮮やかな新緑の葉を纏うようになり、涼香が新しく庭に植えていた花の芽も、次第に地上へと顔を出し始めていました。


春の夜も次第に温かくなり、月は新たな息吹を静かに見守るかのように下界を照らすのでした――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ