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「琴音!」


 琴音は乾と静の制止も聞かず、本部のエントランスホールへと向かいました。途中、多くの隊員と思われる人に見られたものの、構わず受付の席に座っている女に声を掛けます。


「葬儀場はどこですか」


「は、はい? あなたは?」


 女は朱里が危害を加えた人ではありませんでした。目を瞬かせて、琴音をじっと見つめています。


「琴音です。龍壬さんに会わせてください!」


 琴音が叫ぶと、急に辺りはざわつき出しました。周りは黒いスーツや隊服を着込んだ人たちばかりでした。どの人も、泣き腫らした目で琴音を侮蔑的に眺め、ひそひそと近くの人と話しています。


「琴音って、あの琴音?」


「ああ、龍壬さんを助けたいって豪語しておいて、龍壬さんを見捨てた妖だ」


「最低。どの面下げて来たのよ」


 琴音はここでようやく、乾と静が自分を守ろうとしていたことに気づきました。


あたしは、どうして守られるばっかりなんだろう。一人じゃ、なにもできない。悔しくて仕方がありませんでした。


「妖は仲間を平気で見捨てるのね」


「違う! 龍壬さんは、あたしの家族です! あたしは、家族を見捨てたりなんかしません……!」


 琴音は、こんなことを言ったとしても無駄だということは理解していました。人間や妖は、いつだって団体の味方をする。出る釘は打たれるだけ。それは痛いほどよく知っていました。しかし、叫ばずにはいられなかったのです。


龍壬は自分を見捨てるような者を、家族だと思っていたわけではない。琴音は龍壬のため、涙を浮かべながら周りの人たちに訴えました。


「なにをしているんですか、琴ちゃん」


 と、ふいに背後から声を掛けられました。その瞬間、周辺の琴音に対するざわつきがぴたりと止みます。ゆっくり振り返ると、そこには隊服を身に纏い、優し気に微笑んでいる時雨が立っていました。


「女の子が、そんな顔をするものではありませんね」


 ――……ああ、やっぱり。


 琴音は自分に手を差し伸べる時雨の方へ駆け出しました。そして、時雨に抱き着くなり、子どものように泣きじゃくります。時雨はそんな琴音の頭を、やはり子どもをあやすように撫でました。


「これ以上、龍壬三佐の死の責任をこの子に追及するのであれば、相応の対処を考えなければなりませんが」


 時雨は至って穏やかな口調で周りにこう言い放ちました。それまで琴音を囲って噂をしていた隊員たちは、青い顔をしてその場から立ち去って行きます。


「琴音!」


 すると、エントランス中に乾の声が響きました。琴音の涙で霞んだ視界には、乾と静が他の隊員を押しのけて近づいて来る姿が入ります。


「すまん、予定より早く着きすぎちまった」


「こうなるだろうとは思ってましたよ。――琴音と静は僕と乾隊長が引き取りますので、直ぐに手続きをお願いします」


「はっ、はい!」


 未だ泣き止まない琴音を片手で抱く時雨から、手続きの催促をされた受付の女は、怯えたような声で返事をして目の前のパソコンで手続きを行います。


「地下一階から三階までの入場許可証です」


 時雨は女性から琴音と静、二人分の許可証を受け取ります。


「琴ちゃん、歩けますか」


 琴音は時雨に支えられながら、葬儀場へと歩き出しました。


 廊下を歩いていても、隊員たちの冷たい視線は琴音を突き刺しました。そんな隊員の視線から守るように、乾は威圧を放ちながら先頭をきって歩を進めます。静は琴音をひたすら心配そうに見上げていました。


 やがて、向かい側からやってくる人は見られなくなりました。その代り、前方には観音開きの大きな扉が見えてきます。


その扉の両脇には大きな白い提灯が吊るされており、その提灯には「御霊燈」と黒字で書かれていました。右の提灯の横には、「故龍壬三等陰陽補佐葬儀告別式会場」と墨字で大きく書かれた看板が立っています。


 乾は式場の扉を両手で開きました。その瞬間、線香の匂いが身を清めるように琴音の全身を包み込みました。両脇には無数のパイプ椅子。椅子の向く方には百合や菊、蘭などの生花で彩られた見事な花祭壇が構えられていました。


その花祭壇の中央には、見慣れた龍壬の笑顔の写真が飾られています。祭壇の前には棺が置かれ、その棺の前には見慣れない男と女が立っていました。


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