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「まあ、お前の質問に答えることはできないが、別件については少し話せそうだな。――乾、お前、俺の死刑執行時間を早めたのは、誰だか知ってるか」
「盃か」
乾は獄中で、病床にいる盃によって執行時間が早められたと聞いていました。しかし、なぜ、盃がそんなことをするのか理解ができませんでした。まるで、盃が龍壬を早く始末させたがっているように思えます。
死刑執行時間が縮まったことは、乾が陰陽隊に入って初めてのことでした。そうまでして、盃が龍壬を消したい理由。どうやらそれは、龍壬の裏切り行為だけが原因ではないようでした。
「お前、なにをしたんだ?」
龍壬は肘をついて、今度はバナナに口を付けていました。とても、これから死ぬ人間の態度とは思えません。
「ある人間と、契約を交わした」
「契約だと?」
「ある人間は俺が協力する代わりに、家族の安全を保障すると共に共存陰陽隊の内部事情を俺に教えると言った。そして、奴は共存陰陽隊にはない妖に関する膨大な資料さえも、出し惜しみせず俺に提供した」
「……つまり、お前は盃が知られたくない事実を知ったということか」
「そういうことだ。まあ、俺を消したところで時間が経てばいずれわかるだろうけどな。どうやら俺は、盃様の逆鱗に触れちまったらしい」
龍壬が肩を竦めると、それまで口を閉ざしていた静が口を開きました。
「どうして、ある人間は龍壬さんを契約相手に選んだのかしら」
「まあ、普通に考えて過去の境遇から、俺が共存陰陽隊に恨みを抱きやすいと思ったからだろう」
「だったら、龍壬さんの過去を知っている人間が契約を持ちだしたはずよね。あなたの過去を知っていて、時雨に恨みを抱いてる人間……」
「おっとっと、ここで変に詮索するなよ。お前は見えてないだろうが、ここは俺たちだけじゃなく、盃様の息がかかった人間が取り囲んでるんだ。――とにかくな、こりゃあ奴らの宣戦布告だ。今まで手を出してこなかった他主義陰陽隊が動き出したんだ。いずれ、また二十年前みたいなことが起こる。敵味方入り乱れての殺戮戦争がな」
龍壬の予言を聞いた三人は、返す言葉が見つからず口を噤みます。
「俺は一足先にこの戦いから離脱させてもらうぜ。汚れ役押し付けちまって悪いな」
「ふざけんじゃねえ! こんなこと、認められるか!」
「俺は契約を交わした時から覚悟はできてんだよ。――さあて、そろそろ時間だな。もういいだろ、乾。俺はお前が望んだように、補佐としての仕事をこなしてきたつもりだ。琴音も十分自立できる歳になった。もうそろそろ、自由にしてくれよ」
龍壬はゆっくりと立ち上がり、乾の方へ歩みを進めました。乾はしばらく拳を握りしめて歯を食いしばっていたものの、やがて諦めたかのように力を抜き、すっと立ち上がりました。
「苦しまねえように、一発で頼むぜ」
「……最近、拳銃は扱ってなかったから自信はねえな」
乾の悲し気な呟きを聞いた静は、途端に椅子から転げ落ちそうなくらい暴れ出しました。
「止めて! 龍壬さんも! こんなの間違ってるってわかってるでしょ!? わたしのことはいいから! もう止めなさい!」
静の悲痛の叫びは、虚しく広間に響きます。そんな声に、周りの黒いローブを羽織った者たちは少しの反応も見せませんでした。涼香は静を後ろから抱きかかえるようにして押さえつけます。
「どうせもう元には戻れねえんだ。静が死ぬところなんて見たくもねえしな」
龍壬は琴音がこの場にいないことと、静の目が布で隠されていることをありがたく思いました。
乾は龍壬から二メートルほど距離を取りました。拳銃を持つ手が、僅かに震えてるように見えます。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
「うるせえ。心配しなくとも、一発で仕留めてやる。――最期に、言い遺すことあんだろ。親とか」
「あー」
言われて、龍壬はもう数年会っていない両親の顔を思い浮かべます。しかし、特に言いたいことなどありはしませんでした。あまりに子の自分に対し過保護だったため、逃げ出した身です。
けれど、その両親がいたからこそ桜月や乾たちに出会うことができた。それに関しては、感謝の気持ちしかありませんでした。しかし、その感謝の気持ちは言葉で表せるようなものではなかったのです。
「言葉って難しいな。ありがとうだけじゃあ、安っぽく聞こえちまう」
「お前、それでも術者か」
「ははっ、違いねえな」
これまで、様々な言葉を駆使して言霊を操ってきました。しかし、いざ死を目の前にすると、全く気の利いた言葉が頭に浮かんでこないのです。




