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「あと、三分十三秒です」
深影という男は、その神経質な顔立ちのとおり神経質らしい答えを口にします。琴音の静まりかけた心臓が、再び大きく鼓動を打ち始めました。
「深影、執行場まで琴音を案内しなさい」
「承りました。――走りますよ」
深影は恭しく輝夜に礼をすると、琴音を置いて走って行ってしまいました。琴音は慌てて輝夜に一礼し、深影を追いかけます。
白い壁に赤い絨毯という空間を、黒いスーツを纏って走る深影。走りながらその姿を見ると、少しだけ右足を引きずっているように見えました。
*
時は少し戻ります。
そこは死刑場、と呼ぶにはあまりに場違いな広間でした。薔薇の花の絵が施された壁には、アンティーク時計が掛けられており、床には廊下と同様真紅の絨毯が敷かれています。むしろ、パーティ会場と呼ぶに相応しい場所でした。
天井には、執務室同様シャンデリアがぶら下がっています。そのシャンデリアの真下には、アンティーク調の大きなテーブルが置かれており、卓上には食べ物が並べられていました。パンにブドウにリンゴにバナナ。どれも仏に供えるようなものばかりです。
そんな風景を囲っているのは、真っ黒いローブを羽織った者たちでした。すっぽりとフードを被って顔を隠しているため、誰かはわからないものの本部護衛の者たちのように思われます。
ただでさえ異様な雰囲気の広間だというのに、この者たちの存在は更にその異様さを増幅させていました。
龍壬はここまで自分を連れてきた本部護衛にテーブルの前の椅子に座らせられると、両手首を拘束していた手錠を外されました。
「周りにいる者たちは皆、拳銃を所持している。馬鹿なことは考えるなよ」
「なにも考えねえよ。それより、これ食っていいのか?」
「ああ、好きなだけ食え」
それだけ言うと、本部護衛は広間から足早に去って行きました。龍壬は卓上のブドウを一粒口に運び、まだ完治していない折れた肋骨の痛みに耐えながらその人を待ちます。広間には自分の咀嚼音だけが響き、なんとも居心地の悪い空間でした
と、龍壬がリンゴに手を伸ばした時、広間の扉は開きました。外からやって来たのは、待っていたその人と、和装女、そしてその女に連れられた静でした。
静は手錠をされ、更に布で目隠しされているため、一人で歩くには難儀するようで、女に腕を引かれて歩いています。
龍壬は涼香に会うのは初めてでしたが、他主義陰陽隊から時雨の家を出入りしている看護師の情報を得た際に見た写真で知っていたため、ひと目で和装女が涼香だと理解できました。
見るからに乾の好みそうな顔立ちだ。そう思いながら、龍壬はリンゴを齧ります。
「よう、ちゃんと逃げずに来たな」
龍壬は明るい口調で乾に声を掛けました。乾は案の定、鬼の形相でこちらへ迫って来ます。その様子は、さながら檻から放たれた猛獣のようでした。
「龍壬! てめえどういうつもりだ!」
「おいおい、会って早々そんな怒鳴るなって」
「乾さん、また発作が起きます」
乾の後ろから、遅れてやってくる涼香は乾の妻のようにそんなことを言いました。人づてに乾の状態を聞いていた龍壬は、その涼香の台詞の意味も理解できました。
「だがまあ、そうは言っても、お前がデカい声を出さずに生活できるのかって話だな。どう考えたって無理だろ」
「話を逸らすな!」
「わかった、わかった。少し落ち着けよ。ほら、ブドウやるから。深呼吸して、そこ座れって」
乾はまだこめかみに青筋を立てているものの、会話をしなければならないという意識は頭にあるようで、一先ず龍壬の言うとおり向かい側の椅子に腰を下ろします。静は乾の後ろ側に置かれた椅子に座り、涼香はその静の更に後方に立ちました。
そして、涼香の手には拳銃が握られ、その銃口を静の後頭部に突きつけます。静は口を一の字に結んで、一言も声を発しません。
乾は座ってから少し落ち着くと、ゆっくりと問い掛け始めました。
「龍壬、これは誰の差し金だ? 脅されたのか?」
「悪いが、黙秘権を行使する」
「龍壬!」
「ある人間の名前を口にしようとした指揮官がどうなったか、お前も知ってるだろう。俺はどうせ死ぬならお前に殺されたいんだよ」
乾は龍壬の身にも、屋敷に攻めて来た指揮官と同じ呪いが掛けられていることを知りました。龍壬はリンゴを手放してアンティーク時計に視線を移します。あと、十分。




