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「きっ、貴様ぁ!」
琴音は走りながら、後ろの乱闘の音を聞きます。立ち止まっている暇はありません。琴音は、一番初めの角を右に曲がりました。突き当りには、綺麗な扉の前に一人の本部護衛らしき人が立っています。
「な、なんだ?」
一直線に突進してくる狸を見た本部護衛は、動揺を隠せないようでした。とりあえず銃を構えようとする男の目の前で、琴音は巫女装束を纏った人間に化けました。
「なっ、妖だと!?」
「そこを退いてください! 大至急、輝夜様にお話ししたいことがあるんです!」
琴音は護衛を押しのけて扉に手を掛けようとするも、直ぐに両腕を後ろから拘束されてしまいました。
「放して!」
「こら! 暴れるな!」
琴音の頭の中で、時計の秒針の音が響きます。その頭の中の音が琴音を急かして、ノック替わりに空いている足で扉を思いっきり数回蹴りつけるという暴挙に走らせました。扉は思った以上に大きな音を立てます。
「輝夜様! 開けてください! あたし、化け狸の琴音です! 龍壬さんの刑を取りやめにしてください! あたし、なんでもしますから! お願いします! 輝夜様!」
「いい加減にしろ! 誰の許可を得てここまで来たんだ!」
「輝夜様! お願いです! 開けてください!」
しばらく男の言葉を無視して叫び続けていると、男は琴音を壁に押し付けました。
「うぐっ」
「いい加減にしろと言うのが聞こえないのか!」
護衛は左手で琴音の右腕を捻じり、右手で琴音の頭に銃口を向けました。
すると、扉ががちゃりと音を立てて開きました。扉の向こうから出てきたのは、童話に出て来るお姫様のような少女でした。
「思っていた以上に荒い登場だったわね」
少女はあからさまに不機嫌そうな声を発します。琴音はこの少女が龍壬に死刑判決を下した人物とは、とても信じられませんでした。
「輝夜様! 危険ですのでお近づきにならないでください。こいつは妖です」
「知っています。あんなに大きな声、聞こえていないとでも思う? ほら、早く離してあげて」
「ですが……」
「聞こえなかったかしら?」
輝夜は男に向かってにっこりと微笑みかけました。それはもう、絵に描いたような綺麗な笑顔でした。綺麗すぎてこの世の者でないような錯覚にさえ陥り、恐怖さえ覚えます。
「失礼しました」
護衛は、渋々琴音を解放して銃をしまいました。琴音は、輝夜に向かい合うようにして立ちます。
「あなたが化け狸の琴音ね」
「はい」
「お父様のせいで、あなたと話せる時間があまりないの。だから、一つだけ質問に答えて」
「は、はい」
琴音は、この輝夜の台詞を聞くまで輝夜の機嫌を損ねたのは扉を蹴った自分のせいだと思っていたものの、どうやら事実はそうではないようでした。
輝夜は自分の計画を勝手に父親である盃に変えられたのが気に食わないようです。その証拠に、「お父様」という単語にあからさまな嫌悪を感じました。
曖昧な返事をした琴音に対し、輝夜はまるでいじめっ子のような笑みを浮かべました。そして、ゆっくりはっきりと質問を発します。
「あなた、共存陰陽隊のために死ねるかしら」
輝夜の口から出た質問は、正確でわかりやすいものでした。輝夜が琴音に求めていること。それは、死ぬまでこの組織に尽くすことでした。
共存主義陰陽隊が清才の遺志を受け継ぐ組織であるのなら、それを最後まで見届けるのは女房の役目。琴音は、迷わず頷きます。
「覚悟はできています。あたしは何度生まれ変わっても、清才様の女房ですから」
琴音は自分に言い聞かせるようにこう言いました。
輝夜はそんな琴音の返答に満足気に笑いながら頷きます。機嫌は少し直ったようでした。
「深影、刑執行までどれくらいかしら?」
「……ひっ」
琴音は輝夜の視線を辿って後ろを振り返り、小さく悲鳴をあげました。知らない間に、真後ろに黒いスーツを着込んだ男が突っ立っていたのです。




