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「これで少しは落ち着いて話せるな」
背後での大事故を起こした張本人は、まるで罪の意識がないようでした。車の速度が、徐々に落とされていきます。そこで、ようやく落ち着くと静が口を開きました。
「妖捕獲令が発令されたのね」
「ああ。それも、今朝になって突然な。だから、お前たちも俺たちが所属してる組織――共存陰陽隊のお尋ね者ってわけだ」
「ちょ、ちょっと待って、意味がわからない」
意味不明な単語を並べて会話する二人について行けず、琴音は今直ぐにでも叫び出したい衝動に駆られました。
「悪いが、あんまり長い説明はしてられない。この様子じゃ、俺の家も包囲されちまってるだろうからな。とにかく、俺とお前らのパパだけじゃなく、お前らも共存陰陽隊から狙われてることだけ自覚していてくれ。で、俺とパパに関しては、捕まったら死刑。死刑って意味わかるか?」
「それは、さすがにわかる。わからないのは、どうして龍壬さんとパパが死刑になるのってこと」
龍壬は琴音の質問に対し、言い淀みました。あまり言いたくないという龍壬の気持ちが、表情から読み取れます。
「わたしたちを匿ったから。そうでしょ、龍壬さん」
静は言い辛そうにしていた龍壬に代わって、ばっさりと言い放ちました。
「妖捕獲令が共存陰陽隊から発令されて、それに反対したパパと龍壬さんが犯罪者になったんじゃないかしら?」
龍壬はバックミラー越しに静を見つめ、実に迷惑そうに眉を潜めました。
「全くお前は、察しがよすぎて困るよ」
「パパはずっと、わたしやあんたがこうやって共存陰陽隊から狙われることを危惧して結界を張り続けてたの。でも、それが裏目に出たわね」
「まったくだな。結界を自宅に張ってることを不審に思った隊員たちは、この機に乗じてあいつを潰して保護してる妖を引きづり出してやろうと考えたんだろう」
「つ、つまり、パパと龍壬さんが追われてるのは、あたしたちのせい? パパが瀕死になったのもそのせいなの?」
琴音は妖という存在だけで、家族が危機に瀕している状況を察し、顔を青くしました。
どうしよう、こんなことになるなんて思ってもみなかった。あたし、なにも知らないで家から出してくれないパパをずっと責めてた。なんて親不孝な娘だろう。
「あたし、娘失格だ」
「琴音、感傷に浸ってる場合じゃねえんだ。俺たちを助けると思って、やってほしいことがある」
琴音は龍壬の言葉を聞き、自分にもなにかできることがあると知って顔を上げました。
「あたしにできることがあるなら、なんでも言って」
「人探しをしてほしい」
「人探し?」
「そうだ。時雨という奴を探してほしい。時雨はお前のパパの元弟子らしい。俺も会ったことがないから詳しいことはわからないが」
静は時雨という名前に過剰なほどの反応を見せました。
「時雨に会ってどうするのよ」
どうやら、静は時雨という人のことを知っているようです。しかし、その名前を聞いた途端、なぜだか口調がやけに刺々しくなりました。
「あいつは共存陰陽隊の総指揮官と懇意だって聞くからな。時雨から総指揮官に助命嘆願してもらえば、聞き入れてくれるかも知れない。そのためには、まず時雨を探さなくちゃならないんだが、あいつは滅多に表には出てこないからな」
「でも、あの人は琴音と時雨を会わせることなんて、望んでいなかったわ!」
静が珍しく声を荒げました。琴音は、静がこのように怒っているところを初めて目にしました。
「ならこのまま、あいつが死刑になってもいいのか!?」
「他に手があるはずでしょう!」
「そんな時間ねえっつってんだろうが!」
二人の口喧嘩をどうすることもできず、琴音はただおろおろと静と龍壬の顔を交互に見つめます。琴音は初めてパパと自分の喧嘩を止めていた龍壬の苦労が身に染みてわかったのでした。
「と、とにかく、あたしが時雨さんって人を探して助命嘆願すればいいんでしょ? 静、今はそれしか方法がないんだし、ね?」
琴音は静をなんとか落ち着かせようと宥めました。それでも静は、「でも……」と納得していませんでしたが、妙案が浮かばなかったらしく、最終的には渋々首を縦に振りました。
「大丈夫、きっと見つけるから」
琴音の中には得体の知れない自信が芽生え始めていました。
きっと見つけられる。パパと龍壬さんを助けるために絶対に見つけなきゃ。
「また来たわ」
緊迫した静の声につられ、琴音は後ろを振り向きました。黒い車が、一台迫って来ています。助手席の男は、黒光りする筒状の物を持っていました。それは、滅多に目にすることのない、しかしおもちゃのような形をした物――拳銃でした。
「拳銃持ってる!」
「参ったな。戦闘部まで出してきたか。――静、琴音だけでも飛ばせるか?」
「……やってみるわ。琴音、こっち向いて」
琴音は言われるがまま、静と向かい合うように身体を静に向けました。
「えっ、ちょっと待って、あたし一人で――」
自分一人でこれから飛ばされるという状況を冷静に考えた途端、琴音の中に不安が込み上げてきました。しかし、その不安の声も背後からの銃声でかき消されてしまいます。龍壬も再び車の速度を上げました。その勢いで、身体はまた後部座席の背にめり込みます。
「琴音、頼む。お前だけが頼りだ」
そう言うと、龍壬はなにかを琴音に投げて寄越します。それをなんとか受け取り確認すると、家に置いてあった端末でした。
「念のため、持って行け。なにかあったら、直ぐ連絡して来い」
「わ、わかった……きゃっ」
今度は銃声が二発、背後から鳴り響きました。黒い車は、直ぐ後ろまで迫っています。
「琴音! 今よりあなたを主代理と認め、今この場でのみあなたに尽くすことを誓います」
「し、静? なに言って……」
「幸あれ」
戸惑う琴音に両手を伸ばし手の平を向けると、その場にいた琴音は一瞬にして姿を消しました。まるで、琴音など最初からこの場にいなかったかのように。
琴音がいなくなったことを確認すると、龍壬は急にハンドルを大きく右へ回し、方向転換をしました。横転しそうになりながらも、運転席の窓から持っていた札を黒い車へと向け、呟くようにこう唱えました。
「散水銃」
その声に反応して札からいくつもの水弾が現れたかと思うと、それは凄まじい勢いで黒い車へ発射されました。水弾は黒い車のタイヤやフロントガラスを貫きます。
走行不能となった黒い車は、近くの電柱へと衝突して止まりました。龍壬はその車の横を通り、何事もなかったかのように走り去ります。
「後片づけが大変そうね」
静は肩を竦めて外を眺めていました。道路には車の破片があちらこちらに散らばっています。しかし、龍壬はそれに対して返事をすることはありませんでした。静はそんな龍壬に、続けてこう言います。
「あなたも、苦労が絶えないわね」
「……お互いにな」
龍壬はため息と共にこう言い放ちました。
弾痕が残った車は、二人を乗せてあてもなく走り続けるのでした。




