語り手の想い
日文学科として大学の卒業制作で長編小説を書かせていただきました。
せっかくなので、大勢の方に読んでいただきたく思いこちらに投稿させていただきました。
和風+ファンタジー+アクション+ティッシュペーパー一枚分の恋愛要素で構築されております。
どうぞよろしくお願い致します。
始 語り手の想い
わたしは、あの女が嫌いでございました。あの女は常にあの方の陰に潜み、わたしを拒むのです。
あの方は優しい方でしたので、わたしの前ではあまり女の話をすることはありませんでした。けれど、わたしは知っていたのです。あの方の散りゆく桜を見る目、あの方のわたしの奏でる琴の音を聞く耳、あの方の橘の香を嗅ぐ鼻。あの方の全てが、あの女のものでした。
わたしは、それでも構わなかったのです。あの方がわたしのことを慕っていなかったとしても、わたしはあの方のおそばにいられるだけで幸せでございました。あの方もそんなわたしを受け入れてくださったのです。
あの方がわたしを受け入れてくださった時、わたしはあの方が女と過ごした日々を埋めるように過ごしていこうと決めました。きっと――そうしたらきっと、いつかあの方はわたしだけを見てくれるかも知れない。そんな浅はかなことを考えていたのです。
けれど、あの女は、最期の時まであの方の心から離れることはありませんでした。あの方との子を授かり、あの方と女以上の歳月を過ごしたとしても、それでもわたしには埋めることができなかったのです。
わたしは、あの方を心からお慕いしておりました。いえ、今でも変わらずお慕いしております。けれど、あの方にはもう二度と逢うことはできません。たとえ、魂は同じだとしても、その心と身体はもはやわたしがお慕いした方のものではないからです。
わたしは、あの方のためにできることを行うつもりでございます。あの方が、現世に残した憂い。それを取り除くことこそが、わたしの妻としての最後の役目なのです。そのためならば、どんなことでも致しましょう。
わたしはこれから、一匹の一生を書き残すこととします。そして、全てを書き終えた時、この書をあなた様へと献上致します。
わたしにはもう、そうすることしかできないのです。