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ACT3:バケツプリンとアイデンティティ3

 えーと、ちょっと待って。

 私もうさっきから、何が何やら分からないんだけど?



 完全に置いてきぼりを食らった私は、とりあえず素数を数えてみる事にした。

 えっと、1って入るっけ?まぁいっか。

 1,2,3,4…じゃない、5か。

 で、7だよね、うん。

 そしたら9と見せかけて11だ!んでもって13だ、ジェイソンだ。間違いない。


 よし、大丈夫。

 私は落ち着いている。実にクレバーなクールビューティだ。

 で、そのクールビューティーな頭脳の記憶を繋ぎ合わせると……。



 そのいち。フォックスは見た目天使だけど、腹黒いっぽい。

 そのに。フォックスは見た目天使だけど、思考誘導?みたいな悪役っぽい妨害魔法がオハコ。

 そのさん。フォックスは見た目天使だけど、治癒魔術を私が使うのは反対らしい。理由は、私が危ないかもしれないから。って、つまり心配してくれたってことか。そしたら、別にただの天使なんじゃね?



 そう思って私の肩を掴んで力説している最中のフォックスを見ると、やっぱり天使なショタ少年だった。いつものほわほわした雰囲気はないけど、目の保養になる点においては一致している。


 あ、超至近距離でばっちり目が合った。やべーめっちゃ可愛い。真剣なまなざしも可愛い。しかもちょっと赤面して肩から手離した!やばい照れてる!超可愛い!間違いない、これは誰がなんと言おうと天使そのものだ、腹黒だろうが悪役っぽい魔法使おうが、そんなの全然関係ない可愛さだ。



 そんな脳内実況中継をしていると、フォックスはわざとらしくゴホンと咳をして、居住まいを正した。まだ顔がちょっと赤い。



「あー、えっと、すみません。急に言われても、何が何だか分かりませんよね……」


「うん、さっぱり分かんないや。でもフォックスは可愛いから間違いなく正義」


「……は?」


「……じゃなくて、ケホン。もうちょっと詳しい説明をお願いします」



 うっかり出た言葉を訂正すると、フォックスはいつもより少しだけ男っぽい顔で説明を開始した。天使度が若干下がり、イケメン度がぐーんとアップする。これは一粒で二度美味しい系かもしれないと脳内評価値を修正しつつ、私はカップのお茶をちびちびと飲み始める。



「――まず、治癒魔術が光の属性だってことはご存知ですか?」


「あ、やっぱりそうなんだ。大体そんなイメージだよね」



 ゲームとかファンタジー系では鉄板の設定だし、ということで軽く同意すると、フォックスは何とも言えない顔をした。私の魔法知識を推し量っているのだろうが、リアクションとしては変だったのかもしれない。メタっぽい発言は控えた方がいいのだろうか。



「細かく言うと地と風も関係してくるんですが、そのせいで魔力に三つの属性を持たせる必要が出て、使える人間が少なくなってしまっているのが現状です――って、ここは関係ないですね。すみません」


「いえいえ、お気になさらず」


「それで、ミコさんがどういった存在なのか、なんですが……分からないと前に仰ってましたよね?」


「うん、さっぱり」



 私は頷く。色々と説明は省くが、要は“気がついたらここにいた”だけの私は、自分がここでどんな設定なのか分からないのだ。分かる事といえば――



「前も言ったと思うんだけど……体感的には人間だった時と何も変わらないんだよね。食べられるけどお腹が減らないとか、トイレ行きたくならないとか、壁すり抜けられるとか、そこらへんが変わったって言えば変わってるんだけど」


「後は鏡に映らないのと、その耳ですね。……控えめに言っても、残念ながら今のミコさんは“人間”とは定義できません」



 そっと手を伸ばして私のモフモフ耳を触りつつ、フォックスが真面目な顔で言う。関係ないが、この天使はさりげなく、こういう感じに私の耳をよく触る。俗に言うケモミミストなのかもしれない。



「そして、例えばですが――“鏡に映らない”存在というと、最もこの世界で多いのは吸血鬼ヴァンパイアです。もしくは、“壁をすり抜ける”といった中規模の時空魔法を魔方陣も詠唱もなしに使えるのは、闇の眷属に分類される精霊や、高位の悪魔が挙げられます。そういった存在は、光の魔法は使えません」


「あー、なるほど」


「使えないだけなら良いんですが……ミコさんがそもそも実体なのか、精神体なのかすら、正確には分からない状況ですよね。ということは、もしもですが、ミコさんが闇の眷属に分類される精霊であった場合。自分の魔力に光の属性を持たせたら――どうなると思いますか?」



 私の耳をモフるのをやめて、フォックスはじっと私の目を覗き込む。さっきのような色の変化はないが、背中の裏側まで見通されそうな、鋭い視線だ。



「精霊って、確かかなり強い魔力を持ってるんだよね」



 思わず気圧されたまま呟くと、フォックスが真剣な顔のまま頷く。



「正確には精霊は精神体ですので、その存在全てが魔力です。闇に属する精霊であれば、存在そのものが闇の魔力で出来ています」


「それを光の属性にしようとすると……」



 くるっと魔力の属性が入れ替わって光の精霊になる、なんて上手くは行かないんだろうな。

 そんな私の思考を肯定するように、フォックスはもう一度頷いた。



「はい。恐らく、消滅します」


「……。」



 深刻そうな顔をしているフォックスにつられて黙り込んではみたものの、正直、さっぱりピンと来ない。


 だって、考えてもみて欲しい。ちょっと前までは普通に二十一世紀の日本で引きこもりライフを満喫する乙女だったはずなのに、こんな中世ファンタジーな世界でイケメンだらけの騎士団宿舎なんかに放り込まれて、座敷わらし状態になっているのだ。そこで消えるとか言われても、千の風になるのかまた別の世界に行くのか、とにかく普通に死ねる気すらしない。なんかもう次は巨大ロボットに乗って自分の心の壁をどうにかしなきゃいけないのかもしれないし、棍棒持ってマンモスを追いかけなきゃいけないのかもしれないし、レーザー光の剣を振り回して宇宙の悪的なものと対決しなきゃいけないのかもしれない。もう何が起こっても「へー、そうなんだ」ぐらいに受け入れる覚悟は出来てしまっているのだ、有難くない事に。


 とはいえ、今のイケメンだらけの生活は大変に美味しいので、ここで死ぬのは避けられるなら避けたいところだとも思う。治癒魔術を使おうと思わなければ大丈夫だというなら、全然おーけーどころか、万歳三唱して歓迎しても――


 と、口を開きかけた時。



「……ミコさんは、クラウさんの事が、その……好きなんですか?」


「――べぁ!?」



 想定外の台詞を聞いて、思わず妙な声が口から転がり出た。そのままポカンと口を開けている私の顔がよほど変だったのか、フォックスの方が驚いた顔をしている。



「あ、いえ、その。すみません、ミコさんが治癒魔術を覚えたいのはクラウさんのためなのかと、それでどうしても使えるようになりたくて悩んでいるのかな、と。……違うんです……ね?」


「いやいやいやいやいや、ないないないない。それはない。全くない」



 余りにも余りな事態に、私は首を思いっきり左右に振った。両手を高く掲げてバッテンを作る。何をどう聞いて勘違いが発生したのか知らないが、とりあえずあの筋肉馬鹿に関しては、フォックスの誤解を放置するわけにはいかない。



「だってネギ男だよ!?性格上の色んな欠点はこの際置いといても、ネギはない、ありえない。私の夢と希望をネギで打ち砕いた罪は重いし、断じて許す予定はないよ。次の聖誕祭にはアイツの全身にネギをくくりつけて、シェニーによる市中引き回しの刑の上、鍋に放り込んで美味しいスープに――」


「すみません、僕の勘違いだったってことは分かりましたから、その物騒な雰囲気のコメントはやめて下さい。……でも、あれ……?」



 全力で断罪モードに入った所を制され、私はとりあえずバッテンの腕を下ろして椅子に座り直した。まだネギの恨みは癒えていないが、聖誕祭まではまだ時間がある。後でゆっくり考える事にして、現時点ではフォックスの誤解は解けたようなので良しとしておこう。


「……言っていいのかどうか分かりませんけど。今朝、クラウさんとお会いした時に、クラウさんが……その、言ってたんです」


「あのネギが何て?」


「ネギ……かどうかは分かりませんけど……その、ミコさんがクラウさんのために治癒魔術を覚えるって約束をした、と」


「――確かに昨日、クラウと喋ってる時に、治癒魔術使えたらいいなーとは言ったけど、約束なんかした覚えないし、そもそもその後のネギの方がよっぽどインパクト強烈だったし」



 フォックスの勘違いを生んだ原因は判明した。それにしても、クラウは脳筋だと思ってはいたが、そこまで頭が沸いてる奴だっただろうか。ネギが脳みそにまで回ったのか?



「とにかく、治癒魔術って言ったのも話の流れっていうか、ただの思いつきだから。フォックスが危ないと思うならやめておくよ」


「そうですか。――安心しました」



 そう言うと、フォックスは言葉通りに心から安心したように笑った。空色の瞳が糸のように細くなり、色白の肌と淡く色付いた唇が、可憐な花のような印象を与える。今度こそ一筋の邪気もない、背中に白い翼の見えそうな天使の微笑だ。



「本当は、ミコさんが何者なのか分かるのが一番良いんですけどね」


「まぁ、その内ね。――そういえば、火とか氷とかは練習しても大丈夫なの?」



 心行くまで鑑賞していたい自我を抑えて、気になっていたことを質問してみる。私が闇の精霊だった場合は治癒魔術がマズいというなら、例えば私が火の精霊だったら、氷魔法を使うとヤバいとかいうことはないのだろうか。



「四属性でしたら大丈夫ですよ。光と闇の属性はお互いに打ち消しあうものですが、火と氷、地と風は、正確には対極のものではありませんから。魔法同士をぶつけた場合に対抗手段として有用なので、よく間違われるんですが」


「じゃあ、私が火の精霊だった場合、氷の魔法を使おうとするとどうなるの?」


「単純に失敗して発動できないか、上手く行けば成功するかもしれませんし――どんなに悪くても、氷の代わりに熱湯が出るとか、そのレベルですね。存在に危険を及ぼすような事はないはずです」


「熱湯が出るんだ……」



 便利なのか不便なのか判断に困る。カップラーメンはこの世界にはないし、風呂かお茶ぐらいしか熱湯の用途が思いつかない。



「氷の魔法を使う人が多いので“氷”と呼ばれていますが、属性の本質は水ですから。地と風でも、土の塊が飛んでいくとか、砂埃が立つとか、そういう感じだと思います」


「うわぁ、微妙」


「治癒魔術と同じように、他の光属性と闇属性の魔法は、ミコさん自身のことが分かるまでは避けて下さい。妨害魔法も全般的に闇の属性が入りますから駄目ですが、時空は対立する属性がありませんので大丈夫です」



 安心したせいか、フォックスは柔らかい表情のまま、分かりやすく注意点を挙げる。普段よりちょっと先生風なのが、腹黒モードの名残だろうか。しかしそれすらも“年下が背伸びしている感”があって非常によろしい感じだ。うん、ご飯3杯はいける。



「――僕が言えるのは、今はこれぐらいです。くれぐれも気をつけてください」


「うん。忙しいのに、ありがとね」


「いえいえ、僕こそ……お邪魔して、変な話ばかりしてしまって」


「むしろ助かったよ。こんな謎生物を心配してくれて、本当にありがとう」



 流石にそろそろ仕事に戻るつもりなのだろう、立ち上がったフォックスにお礼を言うと、食器を片付けていた手が止まる。

 訝しんで顔を見上げると、フォックスはどこか辛そうな顔をしていた。



「ミコさんは……辛く、ないんですか?」


「私?」



 きょとんと首を傾げると、そのまま頭を――というよりもケモミミをモフモフと撫でられる。どうやら、まだ何か心配されているらしい。が、何と言えばいいのか分からない。



「自分がどんな存在なのかも、何を求められているのかも分からなくて。何に対して何を思うべきなのかも、何のために生きるべきなのかも。――それって、不安は、ないんですか?」



 ああ、成程と思う。目の前の少年は、今きっと藻掻いている所なのだ。

 私にも覚えがある。少し前……ここに来る、ほんの数年前まで、私もそんな漠然とした悩みを抱えていた。その頃はただの人間で、ただの日本人で、学生で、今にして思えば悩まなくてはいけない理由など、何一つなかったにも拘らず。


 一言で言えば、青春の悩み。アイデンティティが確立されるまでの、不安定。フォックスは今きっと、それと戦っている最中なのだろう。

 柔らかく微笑む優等生、よく気がつく美少年。その顔の裏に、さっきのような強く激しい意志を隠しながら、“答え”を探している所なのだ。



「――私は大丈夫。不安は持つべきなんだろうけど、少なくとも辛くはないよ」



 とはいえ、フォックスの求めている“答え”というのは、言葉で伝えられるものではない。彼よりも少し年を食っていて、彼と同じかそれ以上に根暗だった私には、それが分かる。



「生きてれば、その内なんとかなるでしょ。やりたい事はいっぱいあるし、フォックスの鑑賞とか、クラウのネギスープとか、ユーハのストーカーとか……」



 だから年上として、せめて背中で示してやるべきだろう。背中として適任かどうかは自分でも疑問だが、そういうことに悩む青少年にとって、必要なのは“やりたい事”と“時間”だと思う。

 うまく伝わるといいんだけどな、と思いつつ目が合ったフォックスは、少しきまりが悪そうに笑っていた。



「そうですか。やりたいこと……あ、そういえばプリン、いつからメニューに入るんでしょうね?」


「フォックスが楽しみにしてるって料理長に言っとくよ。できれば三種類とも入れてって。で、それとは別にバケツプリン作ってもらえるように頼んでおくから、一緒に食べよう!」


「ば、バケツですか……?」


「そーそー。バケツサイズの巨大プリン。やっぱりカスタードから行くべきかなー」



 プリンに悩み解消の効果があるかはともかく、上手く行けば巨大プリンでもう一度「あーん」にチャレンジできるかもしれない。

 私はちょっとうきうきしながら、料理長への直談判の策略を練ることにしたのだった。


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