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ACT3:バケツプリンとアイデンティティ2

 

 私が呆気に取られつつ、半ば自動的に残りのプリンを口に詰め込んでいる間に、フォックスは鮮やかな手腕でカーネルを懐柔し、私はプリンを完食することが出来た。

 フォックスが見た目通りの純真な少年かどうかは、先ほどの一瞬のせいで私の中で疑問符がついてしまったが――少なくともカーネルの扱いに関して、実に有能な参謀補佐であることは間違いない。



「――まぁともかく、この書類はこれで良いよ。後で団長に俺が持って行くから」


「はい、宜しくお願いします。……あ、お茶のお代わり頂いて来ますね」



 偉そうに再びふんぞり返るカーネルにニッコリと微笑みかけ、フォックスはキューティクルツヤツヤな金髪を揺らして席を立つ。何にせよ、金髪ショタ美少年が持っているというだけで、いつもの食堂の飾り気のないポットまで高級品に見えるのだから、弘法筆を選ばずというのは本当だと思う。あれ、弘法は筆を選んだんだっけ?



「……で、そういえばミコさん!治癒魔術覚えるって話、本当ですか?もし良かったら自分がお教えしますよ、手取り足取り!いつでも言ってくださいね!」


「あー……って、その話、どっから聞いた?」



 唐突な話題転換、しかもカーネルから聞くとは全く予期していなかった話題に、ついうっかり聞き返してしまうが……言った瞬間にその情報の出所は一箇所しかないことに気付いてがっくりする。



「クラウさんッスよ!何か今朝、廊下で会うなり自分の胸倉掴んできて、ミコさんが治癒魔術覚えたがってるから全力で協力しろって、めちゃめちゃ嬉しそうでしたよ?」


「あー、あの馬鹿……」



 私が言ったのは『治癒魔法が使えたらいいのに』であって、『治癒魔法を習いたい』ではない。私の記憶が正しければそのはずだ。だが、あの馬鹿クラウの思考回路にはファジーな揺らぎというものが全く考慮されておらず、恐らく最短の直列回路でもって、私が治癒魔術を習いたがっている→治癒魔術が使える人間の内、最も暇で便利なのがカーネル→カーネルに教えさせよう、という結論が導き出されたのだろう。

 喜んでいたのは多分単純に、治癒魔術が使える暇人が増えたら便利だという事だろうが、まぁその辺は私としても、筋肉鑑賞的な意味でのメリットがないわけでもないし、まぁそこまで話が進んでしまった以上、私が治癒魔術を習うのは決定事項になりそうだ。



「ミコさんが治癒魔術覚えたら僕らも色々助かりますし、ミコさんのためなら夜だろうが夜中だろうが、喜んで特別講義させて頂きますよ!ミコさんが僕の部屋に来てくれた事って一回もないですし、いつでも……あ、自分部屋片付けておかないと!教本も探しておきます!!」



 どの道、騎士団の筆頭スピーカーであるカーネルがその気になったからには、一度出た話をなかったことには出来ないだろう。ならば『その時はよろしく』ぐらいは言っておこうと顔を上げた時には、カーネルの姿は既に消えていた。耳を澄ますまでもなく、食堂の扉がバタンと閉まり、次の瞬間に「初級治癒魔術の教本、持ってる人いませんかー!?」と絶叫するカーネルの声が響いて来る。



「……私、一度も“うん”とも“いや”とも“頼む”とも言ってないよね……?」



 一気に精神力を削られてテーブルに突っ伏すと、お茶のお代わりのポットを持ったフォックスが戻ってきた。消えたカーネルの席を見つめ、カーネルの叫びの残響の響く廊下へ目をやって、事態を了解したらしく、納得したように頷いている。



「……お疲れ様です」


「……ありがと」



 カップに注いでくれたお茶を受け取ると、フォックスはいつもの天使の微笑で、先ほどまでカーネルの座っていた席に座り直した。テーブルの上を手早く片付け、自分のカップにもお茶を注ぐ。その様子は全く非の打ち所のない清らかさで――さっきの冷たい目は何かの間違いだったのだろうと思う。うん、きっとそうだ。



「それで、カーネルさんは何で飛び出して行ったんですか?」


「えっと、要するに私が治癒魔術を使えたらいいなーってクラウと駄弁ってたのが変換されて、『自分が教えます』ってなったっぽい」


「なるほど。治癒魔術ですか」



 フォックスはそう言うと、顎に手を当てて考え込んだ。少し俯いた色白の額にかかる金髪、その下で伏せられた青い瞳が思慮深げに彷徨う。いつもの可愛らしさが潜み、ただただ美しいその姿に畏怖の念さえ覚えながら私は思う、何故あの有名な“考える人”の像を作った人は、あんなオッサンをモデルにしたのかと。どうせ作るなら今私の目の前にいる、少年から青年に向かうこの存在の、完全無欠な美しい姿をこそ、人類の遺産として後世に残すべきであったはずなのに。あの像の作者はオッサン好きだったのか?しかも全裸の。あれ、少しは布か何か巻いてたような気もするんだけど……どうなってたっけ、うーん。



「……はっきりしたことは言えないんですけど……あの、ミコさん?」


「あ、えっとごめん。何?」



 一生懸命に像のオッサンの腰周りのディティールを思いだそうとしていた私は、顔を上げたフォックスの声に我に帰る。いつの間にか、“考える美少年”タイムは終わってしまっていたらしい。



「すみません。ミコさんはその……本気で治癒魔術を使えるようになりたいんですか?」


 真剣な面持ちのフォックスに、私は少し考える。



「うーん……本気かって聞かれると微妙かな。使えたりしたらカッコ良いし便利かなーってぐらい。壁すり抜け以外にも特技が欲しいというか、何というか」


「……なるほど。でしたら、他の魔法でもいいですよね?火を出すとか凍らせるとか」


「まぁ、それもそうだね」


「じゃあそっちにしましょう。ミコさんなら、簡単な時空系はすぐ覚えられるかもしれませんし、四属性なら僕が初級の教本持ってますから――」



 いきなりカーネル並みの強引さで話を進めるフォックスに、私は何か引っかかりを感じた。フォックスの柔らかな口調はいつも通りで、口元もいつも通りの天使の微笑を浮かべているが、その目がどこか鋭いのだ。

 ――そう、さっきの「あーん」の直後のように。



「ごめん、ちょっと待ってフォックス。治癒魔術だと、何かマズいの?」


「いえ、少し敷居が高いと言いますか。まずは四属性を一通りこなしてみるのが定石ですから。ミコさんの魔力は高いと思いますが、意識して魔力の流れをコントロールする事には不慣れなように見えますので、まずは魔力の扱いに慣れてからの方が――」


「でも、カーネルは……」


「カーネルさんは家系的にも治癒魔術、光の属性の適性が優れた方です。恐らく四属性とほぼ同時に使い始められたのだと思いますが、一般的にはもっと段階を踏んでから習得するべきというのが――」



 淀みなくスラスラと答えながら、フォックスは私に微笑みかける。学校の先生が出来の悪い生徒を諭しているような、そんな声だ。年下ショタ少年を相手にしているにも拘らず、その説得力についつい頷いてしまいそうになる。フォックスの言っていることは恐らく正しく、それに疑問を持つ私の方がきっと短絡的で愚かなのだ。しかし、何がこんなに引っかかるのか。何故だろう、でもそれを考えようとするとフォックスの声が、瞳の青が頭の中に流れ込み、うまく考えがまとまら――



 そこまで考えた時、ふと私は気付いた。



 フォックスの瞳の青が、どんどん深くなっている。少なくともそう感じる。その目は強い意志を持って――そう、悪意とまでは言い切れないが、何かとてつもなく強い意志を持って、ありとあらゆる可能性を、私の思考パターンを、それに適合する最適な回答を、凄まじい速さで計算しながら、私の微かな疑問を押し流そうとしている。

 何故、という言葉さえ上手く頭の中で形にならない。何で、違う、いや、どうして。ごめんなさい、何故、そうじゃない。でも、もう良いです、ごめんなさい、いやそもそも何が?分からない。分からないけど同意しなくては。何故?そんな風に思うことが間違っている、早く、早く言う事を聞かないと――



「――ちょっと、ちょっと待ってフォックス、お願い、やめて(・・・)



 思わず耐え切れなくなって目を瞑ると、渦を巻いていた思考がぷつりと静かになった。



 ――あれ。私何してたっけ?

 いや、そうじゃない。私は今、何て言った?



「……失礼しました、ミコさん。もうやりませんから、目を開けてください」



 言われた通りに目を開けると、フォックスの苦笑が見えた。瞳の色はいつも通りの、春の空のような明るいブルー。



「……フォックス?」


「申し訳ありません。ミコさんをどうしても説得したくて、僕の十八番オハコを使いました」



 何が起きたのか聞こうとして顔を見ると、フォックスは悪びれもせずに笑ってみせた。いつもの天使の笑顔ではない、どちらかというとニヤリという感じの、いかにも悪役の笑みだ。



「人間相手だったら大抵、一発なんですけど……やっぱりミコさんには効かないんですね、抵抗されたのは、師匠以外では初めてです」



 どこまでも悪びれずにそんな事を言うフォックスの声には、何処か面白がるような響きさえあった。この金髪ショタ少年、やっぱりというか何というか、結構腹黒なのかもしれない。



「魔術じゃダメみたいなので、正攻法で説得するしかないですね。治癒魔術をミコさんが覚えるのは――というか、覚えようとするのは、僕にはお勧めできません。大した理由がないなら尚更、力ずくでも止めます」



 一転して、恐ろしいほどに真剣なフォックスの顔が私の視界を塞ぐ。

 気がつけば肩を掴まれていた。まだ今ひとつ思考がまとまらない私に、フォックスはガンを告知する医者のように、重々しく告げた。



「あくまでも可能性の話ですが――はっきり言います。ミコさん自身が、消滅する危険性があるんです」


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