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ACT3:バケツプリンとアイデンティティ1

 

 窓から柔らかな日が差し込む昼下がり。ランチタイムでごった返していた食堂も、今は他に誰もいない。

 私はデザートをスプーンで掬っては口に運び、とろける甘さを堪能していた。


 目の前に並べられた三種の器は、それぞれ違う味わいのプリン。騎士団宿舎の料理長による新作デザートの試作品だ。

 左から順に、琥珀色のカラメルがかかったオーソドックスなカスタードプリン、上に乗せられたミントの緑が白さを際立たせるミルクプリン、そしてたっぷりと生クリームを添えられたチョコレートプリン。単品でも十分に美しいそれらが三つ並び、競うように私の視覚、嗅覚、そして味覚を誘惑する。


 新作デザートに何を出そうかと悩む料理長に、全力でプリンについて説明し、その素晴らしさを力説したのは私だ。料理は殆ど出来ない私だが、プリンの作り方だけは完璧に覚えていたのは、誰もが一生に一度は夢見るバケツプリンの野望を叶えるためだったのだが――こうして、異世界のプロの手で再現されたプリンは、例え日本でも長蛇の列を作れるだろうと思えるほどに美味だった。

 決して甘過ぎず柔らか過ぎず、しかしこの上なくデザートとして完成された三種のプリンを食べ比べながら、私は悩む。料理長はこの中で一番美味しいものを食堂メニューに加えると言っていたが、いずれも甲乙付けがたいのだ。ここはやはり王道中の王道であるカスタードプリンを選ぶべきだろうか。いや、騎士達は牛乳をがぶ飲みする事が多いし、あっさり食べられるミルクプリンが……いやいやしかしこの濃厚なチョコレートプリンの方が、デザートとしての満足感は深いのかも――



「あー!ミコさんじゃないッスかぁ!いやぁお久しぶりです!」



 思索に耽る私の意識を断ち切って、やたらとハイテンションな声が響いた。

 食堂にずかずかと入って来るや否や「こんな時間にデザートですか?こんなに食べたら太っちゃいません?あ、でもミコさんなら関係ないか、ハハハ!」と一気にまくし立て、断りもせずにテーブルの向かいにどっかりと座ると、「あ、僕にもお茶もらえますー?ポットで!」と厨房に向かって声を張り上げ、長時間の滞在を宣告する。

 またコイツか、とでも言いたそうに顔を顰める料理長に『ごめん』と目配せを送り、私はこっそりため息をついた。目の前にまだまだ残っているプリンがある以上逃げる事も出来ないが、正直ウザい。ウザ過ぎる。



 ロキ・カーネル。二十一歳。

 下の名前で呼び合う事が多い騎士達の中で何故か彼だけ『カーネル』もしくは『参謀』、あるいは『便利屋』と呼ばれる、そこだけ聞くとちょっと不憫な男だ。

 容姿だけ見ればそこそこイケメンと言えなくもないのだが、残念ながら騎士団の美形達の中ではあっさり霞んでしまうレベル。参謀としての仕事もそこそこできるし、剣も振れる魔術師としては優秀な部類に入るはずなのだが、どうも本人の人格的な欠点が目に付きすぎて、正当な評価をしてあげようという気に中々なれないのだ。

 そんなわけで、私から見てカーネル参謀は、いわゆる雰囲気イケメンかつ空気読めないキョロ充という感じの、なんというか心証の悪い奴である。



「そうそうミコさん、一昨日の模擬試合来てませんでしたよね?探したんですよー、結構盛り上がりましたよ?何やってたんですか?」


「あー、うん。別に……」


「なんとクラウさんがユーハさんに勝って!ってそれは聞きました?」


「まぁ、一応……」



 台風接近中の気圧計のごとく、ダダ下がっていく私のテンション。カーネルは全く気付いていないのだろう、いつものように一方的なマシンガントークをかまし始める。



「まぁ魔法ナシでしたからね、順当といえば順当なトコですけど。いやぁ案外ああやって見るとユーハさんも普通の人なんだなーって。クラウさんも強いですけど、やっぱ力押しってトコあるじゃないですか。あれぐらいで崩されて押し切られちゃうなんて、もしかしたらユーハさんと四属性ナシで戦ったら、自分でも結構いい勝負できるかも――」


「それ、二人の前で言う度胸あるの?伝言しようか?」


「い、嫌だなあミコさん!冗談です冗談、ここだけの話ッスよ!絶対内緒にしといて下さいよ!?」



 調子に乗った発言に釘を刺すと、カーネルは猛烈な勢いで両手と顔をぶんぶん振った。慈愛のほほえみで許してくれそうなユーハはともかく、クラウにそんな事を言ったら最後、即座に組み手(かわいがり)の餌食になるのだ。必死になるのも無理はない。



「でもやっぱりあれだけの魔法を使えるのに剣でもクラウさんと渡り合うなんて、流石ユーハさんッスよね!あの二人がいる今の王国騎士団って、歴代でも最強なんじゃないッスか?もードラゴンが来ようが魔王が来ようが、絶対楽勝間違いないッスよ!」



 ユーハやクラウをディスるのは私の機嫌を損ねるらしいと判断したらしく、軌道修正を図ったカーネルは、今度はそのまま二人をヨイショし始めた。ここまで変わり身が早いと、いっそ潔ささえ感じてしまう。


 根はそんなに悪い奴ではないのだろう……と思いつつも、コイツとの会話は疲労を伴う。

 相槌を打つのが苦痛で仕方がなくなってきた頃。



「カーネルさん、ここでしたか。……ミコさんもいたんですね、ご無沙汰してます」



 涼やかな声と共に現れたのは、絵画から抜け出してきたかと思うような金髪碧眼の美少年だった。若干垂れ気味の目が私を見て微笑み、糸のように細くなる。


 フォックス・オストハイム。十七歳にして参謀補佐の肩書きを持つ魔術師。

 夢見るような空色の瞳とゆるい癖のある金髪が明るく柔和な印象を与えるが、そんな天使のような見た目とは裏腹に、魔術の才でも仕事ぶりでも既に上官のカーネルを抜いていると言われる逸材である。剣の腕も同じ年頃の騎士の間では抜きん出ており、知名度で言えばユーハには遠く及ばないが、早くも結構な数のファンを獲得しているらしい。このまま成長すれば、いずれ恐ろしいまでのカリスマになるかもしれない、そんな可能性を感じさせる少年である。



「カーネルさんに見て頂きたい書類があったんですが……えっと、出直した方が良いですか?」



 分厚い資料の束を持ったまま、フォックスはチラリと私を伺う。

 いやいや、ここにカーネルを置いて行ったりしないで欲しい。そのままここに居て、できればコイツをどっかに追いやっちゃってもらいたい。そうすれば私はこのまま、心ゆくまで美少年との会話を楽しめるのに。



「大丈夫大丈夫、私はプリン食べてただけで、そこにカーネルが来たってだけだし。さーホラ仕事仕事、頑張れカーネル」


「何の件?あー次の遠征の話か……しょうがない、今ここで見てあげるよ」



 しっしっと手で追い払おうとした私に気付いているのかいないのか、カーネルは断固としてここに居座る決意を示し、ティーカップとポットを横に避けた。

 “仕事が出来る俺”アピールの機会と捉えたのか、わざとらしく顔を顰めつつも、懐から眼鏡を出してすちゃっと装着。ぞんざいな感じで資料を受け取ると、無駄にキレのある動きで資料をめくり始める。ケッ、その眼鏡が伊達眼鏡だということはとっくにお見通しだ。



 まぁ視界に入るカーネルは邪魔だが、金髪年下少年で目の保養が出来ると思えば悪くない。律儀にテーブルの横に立っているフォックスに自分の隣の席を勧めると、フォックスは「失礼します」と頭を下げてから、おずおずと腰を下ろした。うーん、可愛い。



「――ぷりん、って言いましたっけ?見た事ないデザートですけど、新メニューですか?」


「そうそう、新作デザートの試作品。美味しいよ、食べてみる?」



 礼儀正しく問いかけつつも、フォックスの目はプリンに釘付けだ。犬で言えば尻尾を振って涎を垂らしていそうな“食べたい”感全開のオーラに、うっかり食べかけであることを忘れて勧めてしまい、後から慌てて「……ごめん、食べかけで良ければだけど」と付け加える。



「いいんですか?……あ、すみません。あのでも、ミコさんが嫌でなければ……」


「フォックスが気にしなければ全然おっけーだよー。はい、あーん」



 ちょっと赤面しつつもプリンにわくわくしているフォックスに、カスタードプリンをひとさじ掬って突き出すと、フォックスは躊躇いなく、ぱくんと食べる。すぐさま顔がふにゃりと緩み、「……凄く美味しいです!」と声が上がった。

 ――あ、厨房から顔を出した料理長の口元がニヤついている。



「……感動しちゃいます。なんていうか、とろけそうですね!」


「今のがカスタード、卵と牛乳で作った奴だよ。こっちの白いのが牛乳でできてるミルクプリンで、こっちのがチョコを入れた奴なんだけど」


「わぁ、これ本当に食堂のメニューになるんですか?物凄く楽しみです!」



 これ以上ないほど素直なリアクションに気を良くして、私は次のミルクプリンもスプーンに掬い、もう一度「あーん」に挑戦する。

 いや、私にはショタ属性はない。ないのだが、この純真無垢な天使に餌付けできるとあれば、多分どんな趣味の女性も――ガチムチマッチョな中高年好きから、十代後半は守備範囲外のショタペド寄りの方まで――バケツプリンの大量生産に走るだろうと思う。ああ、天にましますプリンの神よ、世の中にプリンを産み落として下さったことに心から感謝致します。


 そんな私の祈りと共に、三度目の「あーん」が成功した時。



「――って、何やってんだフォックス!ミコさんもっ!!」



 すっかり存在を忘れていた邪魔者が覚醒した。書類ベルリンの壁の向こう側にいたはずのカーネル参謀殿である。



「俺が仕事してる目の前で、いつの間にイチャついてっ!酷いじゃないッスかぁぁっ!」

「いえ……あー、えっと、すみませんでした……?」



 絶叫と共に勢いよく立ち上がったせいで、伊達眼鏡が思いっきりズレているカーネル参謀。フォックスはきょとんと首を傾げて、事態が分かっていない様子ながらも、その剣幕に一応謝っている。ああ、フォックスをマスコットにして机の上にでも飾っておきたい。そしたら毎日三食、おやつまでプリン尽くしにしてあげるのに。


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めたカーネルは放置しつつも、私はこれ以上の「あーん」を諦めて、残りのプリンを一人で完食することにする。チョコプリンを乗せたスプーンを口に入れたところで、ふと隣で首を傾げたままのフォックスと目が合った。



 “ごちそうさまでした”



 少女のように薄く色付いた唇が声に出さずにそう言って、私は思わず、ごっくんとプリンごと唾を丸呑みした。

 いつもおっとり・のほほんとしている、春の空を思わせる明るいブルーの瞳が一瞬、背筋がゾクっとする程の冷ややかさで、鋭く光ったように見えたからだ。

 そして、私の勘違いでなければ、その唇は、続けてこうも動いたように見えた。



 ――“まぁ、計画通りですけどね”、と。


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