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ACT10:ミッション・ポッシブル1~クラウ編~

「ねークラウ、ちょっと聞きたいんだけどさー」


「んぁ?」



 昼下がりの訓練場。他の隊員たちより一足先に訓練メニューを終えたのか、汗を拭いながら木陰で休憩しているクラウに話しかけると、いつも通りの返事が返ってきた。

 例によってクラウの上半身は裸だ。日に焼けた肌と見事に六つに割れた腹筋、水を飲むために上を向いた首筋に浮かぶ血管も逞しく、ごくごくと喉仏が上下する動きに野性的な美しさを感じさせる。眼福である。



「クラウって、好きな人いる?付き合ってる子とか」


「――っ!?」



 ぶほっ!と、スプリンクラーのように水を噴き出し、クラウがグエッホグエッホとむせ始める。それにしてもここまで動揺するとは思わなかった。私の頭上に噴き出さなかった事は誉めてやってもいい。



「ゲホッ……おま、な、何言って……」



 変な角度の中腰で口元を拭うクラウの顔はペンキで塗ったかのように赤く、汗に濡れた真紅の髪と妙にカラーコーディネートが取れている――が、私はそんなクラウには構わず虎の巻である手帳のページを素早くめくり、次の台詞を探し当てた。

 そう、昨日リネット嬢がセダさん相手に展開した『リア充の会話術』である。クラウのリアクションが派手すぎる気がするのが若干不安だが、クラウとて基本的にはリア充寄りのキャラのはず。筋肉馬鹿であろうとリア充はリア充、通用しない事もないだろう。



「いないの?意外だなぁ、そんな風には見えないのに」


「……ど、どういう意味だよ?」



 何故かキョドっているクラウに、引きつった顔で返された。しまった、『恋人がいないようには見えない』=『モテそう』というヨイショが伝わらなかったか。筋肉馬鹿の読解力はやっぱり若干低いようだ。



「いや、そのまんまの意味だよ。クラウってやっぱりカッコ良いし、元とはいえ筆頭騎士だったぐらい実力もあるわけでしょ?めちゃくちゃモテそうだから、付き合ってる女の子の一人や二人や三人ぐらい、居てもおかしくないかなーって」



『カッコ良いし』の辺りでクラウの背筋が伸び、『実力もある』で胸が張られ、『モテそう』で耐え切れずにクラウの顔がニヤける。筋肉馬鹿にも効くとは流石!とリア充式ヨイショの有用性を実感していると、最後のあたりでクラウの表情が引き締まった。

 馬鹿なりに何かを考えている様子で視線を彷徨わせると、やがて決意を秘めた顔つきになり……通常より二割ほどイケメン度が増して見えるが、スプリンクラーの惨劇からは立ち直ったのだろうか。



「あー、いや、それはない。誤解すんな。……付き合ってる奴はいねぇし、まして二人も三人もなんていうのは絶対ない。俺はそんな男じゃねえ」


「あ、そうなんだ」



 まあそうだろう。一応マニュアルに則って言ってはみたものの、クラウにそんな器用なことは出来ないだろうし、そもそも女っ気がないことぐらいは把握しているので、予想通りの回答だ。


 実に真剣な声で「だから安心しろ」と念押しまでしてくる所を見ると、チャラ男かどうかというのはクラウにとって結構重要なポイントであるようだ。ハーレム体質の男より安心なのは確かなので頷いておく。私だって美少年フォックスが二股をかけられて泣く未来など見たくはないのだ。



「じゃあさ、どんな子が好き?」


「――は!?んな、何言わせたいんだよお前!?」


「いや、だから好みのタイプっていうか。こう、あるじゃない?優しい子が好きとか、元気な子が好きとか、髪長いほうが良いとか短い方が良いとか」


「あー……いや、うん……そうだな……」



 さっきの毅然とした発言は何処へやら、クラウはいきなり煮え切らない態度に変わる。鼻を擦り、頭を掻き、腕を組んでは離し、上を見たり下を見たりしながら、チラッチラッと私に視線をやるのが妙に鬱陶しい。……何だ?クラウってこんな、面倒臭い感じの奴だったっけ?



「……その、別に良いんじゃねぇの?どういうタイプとか正直良くわかんねぇし、なろうったってなれるもんじゃないだろ。服とかも、似合うモンとか着たいモン着るのが一番だろうが」


「ふぅん」



 クラウはどうやら特定のタイプが好きという事もないらしい。ファッションに関しても所謂“ありのままで”派であるようだ。クラウが女性のその辺を熟知しているわけはないので妥当な解答だとは思うが、もう少し意義のある情報が欲しいところだ。



「でもさ、少しは何かあるんじゃないの?例えばそうだな、クラウの事を好きだっていう子がいたとするでしょ?その子がクラウに好かれる為に何か努力するとして、どういう方向がグッと来るか、みたいな」


「……!……いや、そんなん言われても……別に、その」



『クラウの事を好きな子がいるとして』という想像は何か琴線に触れるものがあったようだ。あらぬ方に視線を彷徨わせ、ぶつぶつ呟く声が段々小さくなっていく。

 この様子では大した事を聞きだせそうにもない、というかクラウ自身にも分からないのかもしれない。であれば……と、私は王道ヒロインのテンプレ設定を持ち出してみる事にする。



「そうだな、例えば料理が上手で、しょっちゅう差し入れをくれる子とか」


「!」



 バッと弾かれたようにクラウが振り返った。分かりやすい反応だ。クラウを釣るなら、やはり食い物というところか。とはいえ、料理系ヒロインの設定にも色々バリエーションがある。



「もしくは、料理が好きで一生懸命クラウのために作ってくれるんだけど、上手じゃない子。どっちがグッと来る?」


「……いや、作ってくれるだけで嬉しい、けど……まぁ、多少アレでも食えるモンなら死ぬ気で食う」



 ふむ。料理下手設定の場合も“最低限食べ物の原形を留める”のが必須であるようだ。料理上手ヒロインと料理下手ヒロインのどっちがいいのかは不明だが、下手でも死ぬ気で食うというのは男としてなかなかいい覚悟である。セダさんほどの包容力は期待できないにせよ、クラウも十分に男気はあるのかもしれない。


 そして、二者択一、もしくはイエス・ノーで答えられる具体的な問題にすれば、クラウの好みのタイプも聞き出すことはできるようだ。考えられる範囲で一通りの萌え属性チェックを終えた後、私は最後の質問に移る事にした。



「じゃ、最後の質問なんだけど。クラウが付き合う相手として、どこまでアリかを教えて欲しいんだ。女の子じゃない相手って、どう?」


「――はぁ?」



 何言ってんだコイツ、という視線が刺さるが、想定の範囲内である。私はセダさんとのやり取りを思い出しながら、一生懸命に言葉を噛み砕いた。



「例えば、『女の子に見えるけど身体が女の子じゃない』とか、『女の子の心は持ってるつもりだけど、女の子っぽい体つきはしてない』とか、そういうケース。性格が女っぽくないとか……」



 あれ?なんか違う。セダさんと喋ってる時の方が事実に近かったような気がするのだが、クラウにも伝わるように話すのは実に難しい。

 自分でも全然別の話に聞こえる気がして、どうしたものかと悩んでいると、何故かクラウが「……あぁ」と納得したように頷いた。分かってくれたなら何よりだが、本当にちゃんと伝わっただろうか?



「……問題ねぇだろ。何がどうなってようと、俺はいちいち気にしねぇよ。大丈夫だ」



 まだ少し照れながらもきっぱりと言い切るクラウは、実に男気溢れる笑顔を浮かべていた。私は心底ほっとする。あのクラウが“ナニがどうなってようと大丈夫”だと言うのだ、相当許容範囲は広いと見て良いだろう。


 それにしても、ちょっと意外な気もする。セダさんもそうだが、クラウのような体育会系の人間であればあるほど、腐的な話題には嫌悪感を持つのではないかと勝手に思っていたのだが、どうやらそれは偏見だったらしい。こんなに心の広い奴だったのに、気付かなかったのはちょっと申し訳なかったかもしれない。



「うん、分かった。変な事聞いてごめんね、ありがとう」


「おう、気にすんな。――っし、野郎共、次行くぞ次ィっ!」



 ひらりと手を振って訓練へと戻って行くクラウの背中を見ながら、私は頬が緩むのを感じる。

 クラウは、馬鹿だが実に良い奴なのだ。きっとフォックスを幸せにしてくれるだろう。これなら、安心してあの天使少年の未来を任せられる。



「――っし。次行こう次っ!」



 私は手帳をパタンと閉じると、次の調査へと向かうことにしたのだった。



クラウの調査完了。

ミッション進捗度:2/41

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