プロローグ
吾輩はミコである。
巫女だとか皇女だとかいうわけではなくて、どうも、そういう名前らしい。
らしい、としか言えないのは何故かというと、その時によって呼ばれ方が違うので、イマイチ確信が持てないからだ。
ミコちゃん、ミーコ、ミー坊なんかはまだ原形を留めている分マシな方で、人によってはミッシェルだのミミーだのといった明らかに違う名前で呼んできたり、「あの子」「例の子」といった代名詞の他、天使だの精霊だの妖精だのといった、随分とファンタジックな呼び方までされるのだ。何なんだ一体。
まあとにかく、ミコと呼ばれることが一番多いので、多分私はミコなんだろう。
昔はもうちょっとマトモな名前があった。私の両親はれっきとした日本人で、私も勿論日本人で、色々残念な女子大生として、ギャルゲ脳・乙女脳・腐女子脳全開の引きこもりライフを満喫していた。そのはずだった。
なのにふと気付いたら、これだ。
剣アリ魔法アリのゲーム感満載な世界の、王国騎士団なるイケメン集団の男子寮的な生活空間で、諸々を完全にすり抜けて好きなところに出没できる、座敷わらし的存在。
自分でも何を言っているのかよく分からないけれど、今の私はどうも、そんな感じのものらしい。
人がいうには、見た目は大体人間と同じだそうだ。
鏡にも窓にも映らないので細かくは確認しようがないのだが、手も足も二本ずつあるし、触ってみると大体前と同じあたりに目鼻口もついているので、多分顔立ちも以前と大差はないと思う。ただ、頭の上に犬とかネコ的な耳がついていて、人間の耳があるべきところにも耳がある。じゃあ単なる飾り物かと思って上の耳を塞いでみると、どうにも邪魔に感じられるし聞こえも悪くなる、随分な謎仕様だ。ちなみに尻尾も出してみようと思えば出せるのだが、色々と邪魔なので基本はなしにしている。
ご飯は食べても食べなくても問題なし、食べようと思えば好きなだけ食べられるけど、どういうわけかトイレは不要。アイドルになる準備は万端だ。
壁もドアもすり抜け可能。でもモノにも人にも触れる。どうなってるのか謎だけど、きっと自分の意志で都合よく人間になったり幽霊っぽくなったり出来るんだろう。多分。
もしかしたら魔法とかも使えるのかもしれない。やってみてないけど。
とにかく、そんなよく分からない存在になった私は、ミコと呼ばれている。
ギャルゲも乙女ゲーも腐女子同人もないのが、ちょっとどころでなく不便なのを我慢すれば、ここは楽園と呼んでもいい場所だと思う。
なにしろファンタジーな世界のイケメンが山盛りなのだ。三次元とは思えないその美貌の威力は凄まじく、若干汗臭かったりするのもいとをかし。修練場に見学に来るご令嬢や貴婦人達も美人さんだらけで、金・銀・瑠璃色の髪が見事に流れ出でたり、色々の宝石をあしらったドレスがひらひらしていたりと妄想には事欠かない。脳内ヒロインコンテストだろうが、脳内彼氏選手権だろうが、脳内掛け算大会だろうが開催し放題である。全く持って素晴らしい。
しかも私の存在は割とさっくり皆に認められて、王国騎士団の公認ニート状態なのだ。一部には本当の座敷わらし扱いというべきか、私が部屋に来ると次の任務がうまくいく、なんて信じてお菓子を用意してくれる騎士達までいる。もう左団扇を通り越してウッハウハだ。
* * *
そんなわけで、私は今日もふらりとお気に入りの騎士の部屋に入り込んで、勝手に本を読んだりオヤツを食べたり部屋を漁ったり妄想を秘蔵のノートに書き溜めたりしつつ、部屋の主の帰宅を待つことにする。
――人生は壮大な暇つぶし。ゴロゴロしててもいいじゃない、ニートだもの。ミコ。
なーんちゃって。てへ。